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ウルカヌスに捕らえられたマルスとヴィーナス
(Mars und Venus von Vulkan gefangen) 1670-1675年頃
232×182cm | 油彩・画布 | ウィーン美術史アカデミー |
イタリア後期バロックの巨匠ルカ・ジョルダーノ作『ウルカヌスに捕らえられたマルスとヴィーナス』。画家が同時代に手がけた『パリスの審判』の対画であったと考えられている本作に描かれるのは、古代ローマの偉大な詩人オウィディウス随一の傑作≪転生神話(転生物語)≫の4:171-189節に記される、太陽神アポロンから、軍神マルスと妻であり美の女神でもあるヴィーナスの不義を知らされた火と鍛冶の神ウルカヌスが、寝床に目に見えない鉄網を仕掛け、マルスとヴィーナスが不義を重ねようとしたところを捕らえ、呼び集めた他の神々の前に晒したとする話≪ウルカヌスに捕らえられたマルスとヴィーナス≫である。巨匠ティツィアーノを思い起こさせるヴェネツィア派的な明瞭で豊潤な色彩や、美の女神ヴェーナスの肌を照らす輝くような光の描写、不貞を重ねる妻と男を捕らえるという、劇的な瞬間を捉えた登場人物の運動性や感情性など随所に、17世紀後半のイタリア美術界に君臨したナポリ派の大画家ルカ・ジョルダーノの溢れる才気を感じさせる。画面右側で鉄網を力強く曳くウルカヌスのマルスとヴィーナスを見る表情には様々な感情が入り混じっているほか、マルスは仕掛けに慄き、ヴィーナスは主神ユピテルを始めとした神々の前に晒されながら天上を見上げている。本作にはこうした登場人物の動作による主題の説明のほか、眠る愛の神キューピッド(エロス)や脱ぎ捨てられた軍神マルスの甲冑など、様々な寓意が画面の中に散りばめられている。
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