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オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘
(Jeune fille thrace portrait la tête d'Orphée) 1865年
154×99.5cm | 油彩・画布 | オルセー美術館(パリ)
フランス象徴主義の偉大なる巨星ギュスターヴ・モロー随一の代表作『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』。1866年のサロン出品作(その後、国家の買い上げとなった)であり、翌1867年のパリ万博の出展作としても知られる本作は、ギリシア神話に登場する吟遊詩人で、歌と竪琴の名手としても語り継がれる≪オルフェウス≫の首と竪琴を抱きかかえるトラキア(※現ギリシア・トルコの古代の地名)の若い娘を描いた作品である。神話上では、愛妻エウリュディケとの永遠の死別に絶望したオルフェウスは、冥府の秘儀を男性のみに伝え、全ての女性を避けたことが原因で、(トラキアに住む)酒神バッコスの信女たちに八つ裂きにされた後、海に投げ込まれ、その後、トラキア(レスボス島)の若い娘に岸辺に流れ着いたオルフェウスの首と竪琴を拾われたとされており、本作ではその最後の場面が描かれている。画面中央やや左側に配されるトラキアの若い娘は八つ裂きにされ死したオルフェウスの首と艶やかな竪琴を大事そうに抱えながら、穏やかな表情のオルフェウスへと静かに視線を向けている(なお死したオルフェウスの顔面は
ミケランジェロの彫刻作品『
瀕死の奴隷』に基づいている)。モローの生前、パリで民衆が見ることのできた唯一の画家の作品としても知られる本作を制作するにあたり、モローは数点の習作を制作しており、その昇華的効果は、画面全体から醸し出される詩情性や感傷的心情描写で明確に現れている。本作の表現自体は写実的かつ古典的要素が強いものの、幻想性を感じさせる独特の色彩と甘美性すら感じさせる美意識的描写にはモローの類稀な独自性を容易に見出すことができる。さらに本作に描かれるトラキアの娘の(まるで聖母のような)慈しみに満ちた表情には、良き友人であり画家自身も一時期、多大な影響を受けたロマン主義の画家テオドール・シャセリオーの死への哀悼を指摘する研究者も少なくない。