■
夏秋草図屏風
(Flowering Plants of Summer and Autumn)
1821年(文政4年)
各164.5×182cm | 2曲1双・紙本銀地着色 | 東京国立博物館
江戸時代後期を代表する江戸琳派の絵師 酒井抱一の残した最高傑作のひとつ、重要文化財『夏秋草図屏風』。本作は1821年(文政4年)に将軍家斉の父一橋治済の依頼(古希を迎えた治済の祝辞のため)により、
尾形光琳による
俵屋宗達の模写作品『
風神雷神図屏風』の裏面へ表装として描かれた作品で、現在は剥離、別装されている。本作は表面となる『
風神雷神図屏風』と呼応するように制作されており、雷神隻の裏面には≪夕立(雨中)の夏草≫として萎れる若い青薄、その間から顔を覘かせる白百合や仙翁花、すっくと伸びる女郎花など夏の草花が、風神隻の裏面には≪野分(野の草を吹き分ける風)に吹かれる秋草≫として、揺れる薄の穂、葛、蔦紅葉など秋の草花が、神々の司る自然要素を季節に置き換えて描かれている。右隻となる夏草図(雷神の裏面)では青薄・白百合・仙翁花・女郎花が右側(外側)へ傾く三角形を形成するように構成されており、さらにその頂点の先(画面右上)には雨で地上に溜まり流れる水≪潦(にわたずみ)≫が色鮮やかな瑠璃色によって流々と配されている。一方、左隻となる秋草図(風神の裏面)では左側(外側)へ向かって旋律的に靡く(伸びる)ように薄の穂、葛、蔦紅葉が官能性豊かに配されており、その静寂な様子や緊張感を感じさせる雰囲気はどこか秋の夜風を想像させる。さらに本作では『
風神雷神図屏風』の豪華明瞭な金地着色への対比として閑寂で侘寂の趣の強い銀地着色が用いられているなど、全ての箇所で動的な『
風神雷神図屏風』、そして
光琳の美意識に対する敬意を込めた回答が示されている。また画面から滲み出るかのような叙情性や深遠な精神的世界観、それらを明確に浮き立たせる鮮烈な草の緑色、白百合の白色、蔦紅葉の紅色、潦の瑠璃色など本作には雨華庵移住(1809年)以降、抱一が辿り着いた自身の芸術の粋が施されており、今なお観る者を魅了し続ける。
関連:
尾形光琳筆 『風神雷神図屏風』