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読書
(Reading) 1890-1891年
90×80cm | 油彩・画布 | 東京国立博物館
明治から大正にかけて活躍した日本洋画界の重鎮、黒田清輝がフランス滞在中に手がけた初期の代表作『読書』。本作はパリの南東60キロほどに位置する小村グレー・シュル・ロワンで豚肉屋を営んでいた家の娘で、マリア・ビョー(当時20歳頃)をモデルに、部屋の一室で読書に耽る女性を描いた作品で、1891年、フランス芸術家協会(ラ・ソシエテ・デ・ザルティスト・フランセ)主催のサロンに出品され見事入選した、フランス画壇における黒田のデビュー作というだけでなく、日本の美術界に彼の名前を初めて知らしめた記念的作品である(黒田は日本人であることを示す為、本作に画面左側に漢字で「明治二十四年源清輝写」と筆を入れている)。1890年6月頃から黒田清輝はサロン出品の目的のため『郷の花』とともに本作の制作に取り掛かったと記録に残されており(この1ヶ月後の7月にはモデルのマリア・ビョー宅に住まいを移した)、書簡等によると、室内で制作できる主題として本図が考え出されたとされる。本作の完成は着手してから約2ヶ月後の8月中旬頃と推測され、師事していたラファエル・コランから非常に高く評価された。鎧戸から射し込む柔らかな光に全身を優しく包み込まれる、色白の肌が特徴的なマリア・ビョーは、室内の片隅で書籍を読み耽っており、指でページを捲ろうとしている。彼女の表情は色彩豊かかつ丁寧に描き込まれており、口を軽く結び、書籍に視線を落としたマリアの眼差しは真剣そのものである。また顔の輪郭部分が特に明瞭に表現されており、画面左側からの光を意識させる描写である。また書籍の頁や、マリアの身に着けている赤いシャツ、紺色のスカートは布地や襞の形態や状態まで綿密に描写されているが、そこに映える光線の表現に変化する光と大気の微妙な変化の様子の描き分けが認められ、光彩描写の意識は室内空間全体からも強く感じることができる。なお本作のモデルであるマリア・ビョーは本作の他にも『
婦人図(厨房)』など黒田のグレー時代の作品に度々登場しているほか、1891年2月には本図に補筆や額縁の手当が施され、翌年には明治美術会春季展覧会に参考出品されている。
関連:
黒田清輝作 『婦人図(厨房)』
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