Description of a work (作品の解説)
2004/09/01掲載
Work figure (作品図)
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着衣のマハ

 (La Maja Vestide) 1798-1803年頃
95×190cm | 油彩・画布 | プラド美術館(マドリッド)

近代絵画の創始者フランシスコ・デ・ゴヤが手がけた数多くの作品の中でも最も有名な作品のひとつ『着衣のマハ』。本作は画家が≪マハ≫(※マハとは特定の人物を示す固有の氏名ではなくスペイン語で<小粋な女>を意味する単語)を描いた作品で、『裸のマハ』を制作した翌年以降(1800-1803年頃?)に手がけられたと推測されている。本作と『裸のマハ』は画家の重要なパトロンのひとりで、権力を手にしてから皇太子や民衆を始め様々な方面から非難を浴びせられた宰相ゴドイが所有しており、その為、一般的にはこの2作品は宰相ゴドイが制作を依頼したものだとする説が採用されている。『裸のマハ』と同様の姿勢・構図で描かれる本作であるが、『裸のマハ』との最も顕著な差異は、マハは当時スペイン国内の貴婦人が愛用し流行していた異国情緒に溢れたトルコ風の衣服に身を包み、化粧も整えている点である。これらの描写はゴヤ特有のやや大ぶりな筆触によって繊細ながら表情豊かに表現されているほか、色彩においても黒色、金色、緑色、紅色、茶色、白色などを用いた独特の配色によってトルコ風の衣服の雰囲気や質感を見事に表現している。本作のモデルについては古くからアルバ公爵夫人マリア・デル・ピラール・カイェタナとする説が唱えられているが、画家が残したアルバ公爵夫人の素描や肖像画の顔と比較し、あまりに異なる点があるため否定的な意見を述べる研究者も少なくなく、現在では宰相ゴドイの愛人ペピータとする説なども有力視されている。なお本作と『裸のマハ』は宰相ゴドイの手からカサ・アルマセン・デ・クリスターレス、王立サン・フェルナンド美術アカデミーを経てマドリッドのプラド美術館へと移された。

関連:フランシスコ・デ・ゴヤ作 『裸のマハ』


【全体図】
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本作を観る者を見つめるマハの表情。本作は画家が≪マハ≫(※マハとは特定の人物を示す固有の氏名ではなくスペイン語で<小粋な女>を意味する単語)を描いた作品で、『裸のマハ』を制作した翌年以降(1800-1803年頃?)に手がけられたと推測されている。



【本作を観る者を見つめるマハの表情】
当時スペイン国内の貴婦人が愛用し流行していた異国情緒に溢れたトルコ風の衣服。本作と『裸のマハ』は画家の重要なパトロンのひとりで、権力を手にしてから皇太子や民衆を始め様々な方面から非難を浴びせられた宰相ゴドイが所有しており、その為、一般的にはこの2作品は宰相ゴドイが制作を依頼したものだとする説が採用されている。



【異国情緒に溢れたトルコ風の衣服】
ゴヤ特有のやや大ぶりな筆触による繊細ながら表情豊かな表現。また色彩においても黒色、金色、緑色、紅色、茶色、白色などを用いた独特の配色によってトルコ風の衣服の雰囲気や質感を見事に表現している。



【やや大ぶりな筆触による豊かな表現】

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