■
アンリ=エドモン・クロッス Henri-Edmond Cross
1856-1910 | フランス | 新印象派
新印象派の画家。明瞭な色彩とモザイクや織物を思わせる正確な点描を用いて新印象主義的な作品を制作、新印象主義の画家の中でも大きな成功を収める。また象徴主義的表現への様式の変化など新しい点描の可能性を模索し、独自の様式を確立。後のフォービスム(野獣派)の画家たち、特に20世紀最大の画家のひとりアンリ・マティスに多大な影響を与えた。なお画家の本名はアンリ=エドモン・ドラクロワであるが、
ロマン主義の巨人
ウジェーヌ・ドラクロワとの混同を避けるため、母親の故郷である英国風の名称へと変更している。1856年、ベルギー国境に近いドゥエーに生まれ、その後、間もなく一家でパリへと移住するが、義父の意向により10歳から絵画を学ぶためにリール市立美術アカデミーに入学、アカデミックな作風の画家カロリュス=デュランの指導を受ける。1881年、パリへと出てサロンに出品、初入選を遂げるが当時の作風は師に倣う暗い色調のアカデミックなものであった。その後、
エドゥアール・マネや
クロード・モネなど印象主義者たちの影響を経て明るい色彩を獲得するほか、
ポール・シニャックと出会い(両者は良い友人関係を築いた)、同氏が
ジョルジュ・スーラの新印象主義的表現(点描表現)へ傾倒を強めるに伴い、クロッスも点描表現を取り入れるようになり、
スーラが夭折した1891年から本格的な点描作品を制作し始め、フランス南部プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の保養地サン=トロペを拠点に数多くの作品を手がけた(1904年には
シニャックやマティスと共に同地で作品を制作している)。また新印象主義者たちによるアンデパンダン展(無審査出品制の美術展覧会)の設立にも参加。晩年期には強烈な色調が顕著に表れるようになり、フォービスム的表現に近くなった。1910年、サン=クレールで死去。