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カルル・ヴァン・ロー Carle Van Loo
1705-1765 | フランス | ロココ美術・大様式
18世紀フランスにおける盛期ロココ様式時代を代表する画家。幼い頃から類稀な画才に恵まれ、1750年頃までは軽やかかつ優美な趣味が強い典型的なロココ様式的作品を、1750年代頃から古典主義的な傾向を強めた≪大様式(偉大なる様式、グラン・ステイル)≫による作品を手がける。特に1750年代以降の大作・連作的な大様式作品はカルル・ヴァン・ローの画業の中でも非常に評価が高く、
ナトワールと共に同様式の継承者的存在として扱われるようになった。カルル・ヴァン・ローは生前、『欧州の首席画家』『フランスアカデミーの
ルーベンス』などと呼ばれるほど圧倒的な名声を博していたものの、ロココ様式後の新古典主義の台頭によって急速に評価が落され、一時期は忘れられた存在となったが、現在は画家を再評価・再発見する動きを見せている。ロココ様式の典型的な雅宴画(フェート・ギャラント)風の作品や風俗画のほか、バロック様式を思わせる伝統的で骨太な表現を用いた宗教画や大規模な歴史画・神話画、肖像画なども手がけている。オランダ出身でありながらもフランスに帰化し、画家として同国の名門の一族にまで登りつめたヴァン・ロー一族の子供として1705年にニースで生まれる。幼少期に同じく画家であった兄ジャン=バティストやトリノの画家ベネディット・ルーリから絵画を学び才能を開花させる。1724年パリに向かい、1727年にローマ賞を獲得、イタリアへと旅立つ。1734年に留学先から帰国すると翌年(1735年)には王立絵画・彫刻アカデミーの正式な会員として迎え入れられ、
シャルル=ジョゼフ・ナトワール、
フランソワ・ブーシェと共に同時期のフランスアカデミーの中で最も高い評価を受けた著名な画家のひとりとして活躍した。その後も1749年にはアカデミー美術学校の総裁、1762年には国王付き首席画家、翌1763年には王立絵画・彫刻アカデミーの会長に就任するなど画家として順風満帆な出世を遂げた。1765年、パリで死去。