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homeページCollection常設展示ルネサンス芸術
Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像

アルブレヒト・デューラー Albrecht Durer
1471-1528 | ドイツ | ドイツ・ルネサンス

ドイツルネサンス期に活躍したドイツ美術史上最大の画家。金銀細工師の息子として1471年生まれる。その父に絵画を学んだ後、M・ヴォルゲムートに師事し国際ゴシック様式の絵画や版画を学ぶ。1490年から4年間修行の為に国内を遍歴し、1494〜1495年、1505〜1507年と2度イタリア ヴェネツィアへ留学し、ジョヴァンニ・ベッリーニなど同時代の画家と交友を持つ。 その際イタリア・ルネサンスに触れ、作品は勿論、芸術家の地位の高さを目の当たりにし(当時のドイツでは、芸術家は一種の職人として扱われており、金銀細工師の息子として育ってきた彼にとって、イタリアでの芸術家の扱われ方には相当衝撃を受けた)、その影響は『1500年の自画像』として、ドイツ国内の芸術家の地位を高めようとする決意となって表れる。1512年皇帝マクシミリアンの宮廷画家となり、ドイツ国内はもとより、諸外国にまで名声を得ることとなる。またデューラーは、マンテーニャに影響を受けながら版画をひとつのジャンルとして確立し、数多くの作品を残す他、画家名のAとDを組み合わせた史上初のモノグラム(氏名の頭文字など、文字を組み合わせたマークやサイン)を使用した人物でもある。


Work figure (作品図)
Description of a work (作品の解説)
【全体図】
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聖母の7つの悲しみ(Sieben Schmerzen Mariae)1496年頃
189×134cm | Oil on panel | ドレスデン国立絵画館ほか

フリードリヒ賢明公の注文を受け、デューラーが25歳頃に手がけた祭壇画『聖母の7つの悲しみ』。109.2×43.3cmで描かれる≪悲しみの聖母≫部分を中心にし、≪キリストの割礼≫、≪エジプトへの逃避≫、≪博士たちと議論するキリスト≫、≪十字架を担うキリスト≫、≪十字架へのはりつけ≫、≪キリストの磔刑≫、≪キリストの哀悼≫とキリストの生涯と聖母マリアの悲しみの7場面を約63×45.5cmのサイズで描き周りに配している本作は、デューラーが1504年に手がけた初期の代表作『東方三博士の礼拝』前の宗教画作品としては最も高い完成度を示している。特に後光を背負う聖母マリアの悲観に満ちている表情は、当時本作を観る者に深い感銘を与えたとされている。また本作は中央部分≪悲しみの聖母≫はデューラー直筆とされているが、他の7つの場面については構図、色彩、タッチなどの違いから真偽を疑問視され、現在もその研究が続けられている。

関連:聖母の7つの悲しみ 各部分名称

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1500年の自画像(Selbstbildnis von)1500年
67×49cm | Oil on panel | Alte Pinakothek, Munich

ドイツ美術史上最大の画家アルブレヒト・デューラー初期の代表作『1500年の自画像(28歳の自画像)』。当時、ガラスを用いた鏡が発明され普及したことにより自画像を描く画家が増えたが、その全てが作品中に自分を登場させる形で、画家自身の姿を単独で描く自画像を最初に制作したのがデューラーとされている(1439年画家が22歳の時に完成させた)。また自画像を描くことの意味を深く考察し、強い決意を表現したのも、またデューラーであった。その作品から5年後、27歳で再度自画像を描いているが(その作品は画家のTOPページで使用)、5年前に手がけた作品同様、若々しさに溢れているが、そこからさらに一年経ち、画家が28歳の時に描いたこの作品は、質や、そこに含まれる意味が劇的に変化を遂げ、芸術家としての使命感と意思をキリストの姿を模して描いている。なお生涯に肖像画、宗教画、版画と数多くの作品を完成・未完問わず制作してきたデューラーは、完成品にのみ、AとDを組み合わせ図案化した独特のサイン(モノグラム)を記し、現在ではモノグラムを使用した最初の画家として知られている。

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東方三博士の礼拝 (Die Anbetung der Konige) 1504年
100×144cm | Oil on panel | Galleria degli Uffizi, Florence

初期のデューラーが手がけた祭壇画の代表的な作品『東方三博士の礼拝』。ウフィツィ美術館が現在所蔵する本作はフリードリヒ賢明公の依頼を受け制作されたもので、背景に描かれた小屋や、円形アーチの建築物によって強調される遠近法を用いた空間処理など、1494年から1495年までのヴェネツィア留学の成果が随所に表れている。また画家は遠近法を用いた空間処理のほか、ルネサンス独特の繊細に表現される人物の表情や感情の表現もヴェネツィア留学で学んだとされている。三王の礼拝、マギの礼拝とも呼ばれている本作の主題≪東方三博士の礼拝≫は未来のユダヤの王イエスの降誕に際し、東方の三博士が星に導かれ幼子キリストの下を訪れ礼拝と黄金、乳香、没薬の3つの贈り物を捧げる場面で、キリスト教の祭壇画において最もポピュラーな主題のひとつである。中でも乳香は父なる神への礼拝の証として、また当時死体の防腐剤として使用されていた没薬は、キリストの(御体の)永遠性を示すと解釈されている。

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茨の冠の祝祭 (Das Rosenkranzfest) 1506年
162×194.5cm | Oil on panel | National Gallery, Prague

デューラーが二度目のヴェネツィア留学中、サン・バルトロメオ聖堂のための祭壇画を制作するため、ヴェネツィア在住のドイツ商人が集まり、共同で同郷人であるデューラーに依頼し、手がけられた作品『茨の冠の祝祭』。本作の主題は玉座に鎮座する聖母マリアと幼子キリストを中心に聖人たちを配する≪聖会話≫で、聖母マリアは左手で皇帝マクシミリアン1世に冠を与えながら、自身も上空の天使より冠を受けている。また幼子キリストの下部では楽器を手にし、場面に相応しい音楽を奏でる天使の姿を始め、聖母子への捧げ物などがデューラーの高度な細密描写によって描かれている。遠近法によって巧みに描かれる背景や、各登場人物の精神性に富む繊細な表現など、画家の成熟しつつある技量がよく窺えるほか、晴天に染まる青い空や聖母の着衣の濃紺、皇帝マクシミリアン1世と教皇ユリウス2世が着衣する豪華な赤色の衣服など、配色にもヴェネツィアらしい大胆かつ豊かな色彩が使用されいている。なお画面右後方部分に描かれる銘文(画家のサインなどが記された文章)を手にする男性は、その風貌的特長からアルブレヒト・デューラー本人であることが確認されている。

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アダムとエヴァ(アダムとイブ) (Adam und Eve) 1507年
各209×81cm | Oil on panel | Museo del Prado, Madrid

デューラーの制作した作品中、最も著名な作品のひとつ『アダムとエヴァ』。デューラーは、本作の3年前となる1504年にも同主題の版画(下記参照)を制作しているが、当時は男女を問わず単一的な人間美を表現しているにとどまった作品であったが、本作は二度目のヴェネツィア留学で学んだ、人体比例の研究で得た男女の違いに合った調和的な様式美理論の成果がよく表現されているのと同時に、それはデューラーが独自に築き上げたの理想美を描いたものでもあった。版画は画家の古典的比例研究の頂点を、絵画は画家の創造力と探求心によって生み出した理想的比例研究の頂点を示す作品として、画家を考察する上でも特に重要な作品となった。本作の主題≪≫は天地創造の六日目に、神が自らの姿に似せ、地上の塵から最初の男性≪アダム≫を創造し、≪アダム≫の肋骨から最初の女性≪エヴァ≫を創造した、神によって創造された最初の男女で、ヘブライ語で人間を意味している。またアダムとエヴァが手にしているのは禁断の木の実である≪知恵の実≫で、旧約聖書では(本作中)エヴァの横に描かれる禁断の木に這う蛇の誘惑によってアダムとエヴァが知恵の実を口にし、父なる神の怒りに触れ、楽園を追放させられたとされている。

関連:版画『アダムとエヴァ』

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ランダウアー祭壇画(聖三位一体の礼拝)
(Landauer Altar) 1511年
135×123.4cm | Oil on panel | ウィーン美術史美術館

ドイツのニュルンベルクの商人M・ランダウアーが自ら創設した養護施設「十二人寮」の祭壇のために(当時、既に名声を博していた)デューラーへ注文された祭壇画『ランダウアー祭壇画』。本作の主題は、最後の審判の後、神の国において旧約聖書の登場人物や新約聖書の諸聖人、神によって選ばれた人々が、父なる神、御子キリスト、聖霊が変化した存在である白鳩の三位一体を礼拝する場面≪聖三位一体の礼拝≫で、ゴシック様式を思わす統一性に富んだ構図の中、技巧的に円熟味を増していったデューラーの卓越した人物表現が合わさり、壮厳な世界観を示している。父なる神の衣を神の使者である諸天使が広げるなど三位一体の神格化を増徴する表現が随所に描かれる本作で、主イエスは頭には磔刑の判決を受けたときに被せられた茨の冠が高い写実的描写で描かれているほか、銘文を手にするデューラー本人が画面右下部分に描かれている。

関連:ランダウアー祭壇画 絵画部分拡大図

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切った梨を持つ聖母子 (Maria mit der angeschnittenen)
1512年
48×37cm | Oil on panel | ウィーン美術史美術館

デューラーはその生涯に幾つかの聖母子像を手がけているが、現在、ウィーン美術史美術館に所蔵されるこの『切った梨を持つ聖母子』は、画家の力強い創造力が生み出した最も代表的な聖母子像作品であろう。黒色の背景の中、黄色いヴェールと青い衣をまとった聖母マリアが、切った梨を手にする幼児キリストを抱く姿を描いた本作は、背景と描かれる人物の高いコントラストによって、決して下劣ではない、ある種の神格性を持った輝きを放ち、特にデューラーのヴェネツィア留学の成果が表れる幼児キリストの透明感と躍動感に富んだ表現は特筆に値する。本作の最も印象的に見せている表現のひとつとして挙げられるのが、この暗い背景に浮かぶ黄色いヴェールと青い衣をまとった聖母マリアの衣服である。また。キリストの局部を隠している小さなヴェールは、デューラーの手によって描かれたものではなく、完成後、何らかの理由により付け足されたものとされる。

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聖ヒエロニムス (Hl. Hieronymus) 1521年
59.5×48.5cm | Oil on panel | リスボン国立美術館

デューラーの中期から晩年期にかけて極めてよく描かれた聖人画『聖ヒエロニムス』。本作はその代表的なもので、ネーデルランド滞在中に手がけられた。また本作はアントウェルペン駐在ポルトガル商館長R・F・フェルナンデス・アマルダに贈呈された作品であるが、当時ネーデルランドで流行していた半身肖像を用い、鋭い眼光でこちらを見つめる聖ヒエロニムスの深い感情表現や卓越した技術によって手がけられる各個所の細密な描写など、20点を超す模写がネーデルランドに残されていることから、その反響の大きさがうかがえる。卓越した技術で描かれる聖ヒエロニムスの顎鬚の描写や豊かな色彩表現などは特に本作の大きな見所のひとつであるが、その他にも短縮画法によって描かれる開いた書物や、その傍らに置かれる頭蓋骨、キリストの磔刑像など効果的に奥行きを持たせる様々なものを配置しているなど、注目すべき点は多い。なお本作の≪聖ヒエロニムス≫主題は、ラテン教会四大博士のひとりで、ローマで神道を学んだ後19歳で洗礼を受け、シリアの砂漠で数年間隠修生活をおくり数々の誘惑に打ち勝ったほか、聖パウラを弟子にしウルガタ聖書の翻訳をおこなった聖人で、当時から最も人気のあった聖人のひとりとして広く人々に親しまれている。

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四人の使徒 (Die zwei Apostel) 1526年
67×49cm | Oil on panel | Alte Pinakothek, Munich

ドイツ人画家として最高地位に君臨するドイツ・ルネサンスの偉大なる巨人アルブレヒト・デューラーが晩年に達した宗教観の境地を集約した屈指の代表作『四人の使徒』。ルネサンス時代に流行したヒポクラテスの体液説に基づき、人間の気質を4つのタイプ別に分類し表現した作品と解釈され、楽天的で快活であるが、激しやすい気質の≪多血質≫、感情の変化や活気に乏しいが、粘り強く勤勉な気質≪粘液質≫、わずかなことでも誇大に考えて取り越し苦労をし、いつもくよくよして心が晴れない性質≪憂鬱質≫、そして激情的で怒りっぽい気質≪胆汁質≫の4気質を、キリスト十二使徒の姿で描いた。本作では洗礼者聖ヨハネは楽天的で快活であるが、激しやすい気質の≪多血質≫の気質を表し、聖ペテロは感情の変化や活気に乏しいが、粘り強く勤勉な気質≪粘液質≫を表現したものであると解釈される。また聖パウロは、わずかなことでも誇大に考えて取り越し苦労をし、いつもくよくよして心が晴れない性質≪憂鬱質(黒胆汁質とも呼ばれる)≫を表し、福音書の記者でもある聖マルコは、激情的で怒りっぽい気質≪胆汁質≫を表現したものであると解釈されている。

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