Introduction of an artist(アーティスト紹介)
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ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer (Jan Vermeer)
1632-1675 | オランダ | オランダ絵画黄金期




17世紀オランダ絵画黄金期において最も傑出した画家のひとり。調和のとれた明瞭な色調や簡素かつ静謐でありながらも綿密に計算された均整な空間構成、光の反射やハイライト部分などを点描によって表現するポワンティエ(点綴法)、写実性の高い描写など画家が手がけた作品とその様式は現代でも極めて高い評価を受けている。また作品制作にカメラ・オブスキュラ(暗箱)を用いるなど、当時の光学や透視図法の研究を取り入れたと推測されるほか、非常に高価であったラピスラズリを原料とするウルトラマリンブルーを多用した。真作とされる総作品数は33〜36点と寡作の画家として知られており、風景画や宗教画、神話画も数点確認されているが、その大半がデルフトの街に住む中流階級層の室内での生活を描いた風俗画である。生涯の詳細は不明であるが1632年デルフトに生まれ、1653年カタリーナ・ボルネスと結婚した後、聖ルカ組合に加入。生涯で二度、聖ルカ組合の理事に選出されており、画家としての評価は当時から高かったと考えられる。フェルメール作品は贋作も多く、中でも1945年に判明したハンス・ファン・メーヘレンによる『エマオのキリスト』贋作事件は西洋美術史上、最も有名な贋作事件のひとつとして広く知られている。また作品の希少性から盗難も多く、1990年に発生した被害総額2億〜3億ドル(当時価値)ともされる美術品盗難事件≪イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン)盗難事件≫で盗まれた画家の代表作『合奏』は現在も未発見である。1675年にデルフトで没。享年43。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
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マルタとマリアの家のキリスト

 1654-1655年頃
(Christus in het huis van Maria en Martha)
160×142cm | 油彩・画布 | スコットランド王立美術館

現存するフェルメール作品の中で最も初期に手がけられたとされる作品『マルタとマリアの家のキリスト』。署名、年記が確かなことからフェルメールの基準作のひとつとされる『娼婦(取り持ち女)』との比較によって、おそらく同時代かそれ以前に制作されたと考えられている本作に描かれるのは、主イエスの熱心な信徒であった姉マルタと妹マリアの家に主イエスが訪れた時、主の説教に聞き入り、もてなしの手伝いをしない妹マリアを姉マルタが咎めるも、「マリアは正しい。マリアは神の言葉を選んだのだ。それを取り上げてはならない」と主イエスに宥められる新約聖書に記された逸話≪マルタとマリアの家のキリスト≫で、現在のところフェルメール唯一の宗教画とされる。やや異質的な荒い筆跡や、ルーベンスを彷彿とさせる大胆でダイナミックな場面展開、当時、オランダ絵画の主流のひとつであったカラヴァッジョ一派のひとつユトレヒト派からの影響を感じさせる明暗法を駆使した表現など、本作は画家独自の様式からかなりの隔たりを感じさせる。また本作では登場人物の視線による人間関係の表現が試みられており、画家の作品制作における実験的な展開が示されている。なお多くの研究者から本作はこの頃、評価の高かった画家エラスムス・クウェリヌスの同主題の作品からの流用が指摘されている。

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娼婦(取り持ち女)

 (Koppelaarster) 1656年
143×130cm | 油彩・画布 | ドレスデン国立美術館

17世紀オランダ絵画黄金期において最も傑出した画家のひとりヨハネス・フェルメールの重要な基準作のひとつ『娼婦(取り持ち女)』。本作は現存する画家の全作品の内、署名が残される3作品の中のひとつで、1656年と最も初期に手がけられたものである。本作に描かれるのはおそらく宿屋で客を取る娼婦と、買う男達であるが、新約聖書の≪放蕩息子≫中の一場面で、父の下を去り宿屋で娼婦との遊びに興じる息子(弟)との関連性や連想性を多くの研究者が指摘している。とは言え、宗教画にしては極めて世俗的で、むしろ同時代の風俗画に近い場面表現が用いられていることから、画家が宗教画(物語画)から風俗画へと作風を転換させた時期の基準的な作品と見なされている。場面の中で娼婦を後ろから抱く男の左手は、娼婦の乳房を掴み、右手では金貨を渡そうとしている。また娼婦も右手で金貨を受け取る仕草を見せるほか、左手ではワイングラスを手にしている。フェルメール独特の静謐な空間構成や繊細な光の表現は本作ではまだ本領を発揮するには至っていないものの、このような人物が見せる瞬間の動作や表情を捉えた表現は、当時23歳であった若きフェルメールの高い描写技術を示すものである。なお根拠はないものの伝統的に画面中、左端でこちらを向いている男がフェルメールの自画像とされている。

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眠る女

 (Slapend meisje) 1657年頃
86.5×76cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

フェルメールの初期作『眠る女』。本作は部屋の中で転寝をする女を描いた風俗画で、年記は記されていないものの作品内へ画家の迷いや未熟さが示されることから、制作年代をほぼ全ての研究者が異論なく『娼婦(取り持ち女)』の次に位置付けている。X線調査によって本作には、部屋の境には一匹の犬が、奥の部屋には男性が描かれいたも、画家が製作過程で消し去ったことが判明しているほか、眠る女性の背後には画家C・ファン・エーフェルディンゲンによる『仮面を踏むキューピッド』(キューピッドは愛を、仮面は不誠実を意味する)が画中画として描かれていることなどから、本作は失恋し憂鬱とワインによって酔いつぶれている女性であると解釈されている。また手前と奥の部屋が別の視点から描かれることで空間内に矛盾が生じているなど、本作の空間構成に画家が苦心した痕跡が示されている。

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窓辺で手紙を読む女


(Meisje met brief voor open raam) 1658年頃
83×64.5cm | 油彩・画布 | ドレスデン国立美術館

17世紀オランダ絵画黄金期の巨匠フェルメール最初の傑作『窓辺で手紙を読む女』。1742年にザクセン選帝侯アウグスト3世がレンブラントの作品と信じ購入し、第二次大戦後、一時的にモスクワへと運ばれるも、1955年にドレスデン国立美術館に返還された本作に描かれるのは、画家が生涯中に多く手がけた画題≪手紙を読む女≫の最初の作品で、それまでの作品と比較し空間構成と光と影の表現に劇的な向上が示されている。X線調査によって当初は画面右下にワイングラスが描かれていたも空間構成上それを製作過程で消し去った痕跡が残されるほか、画面右上に画中画としてキューピッドの絵が描かれていたこと(直接的な暗示を嫌ったとされる)が判明しており、本作で女性が読む手紙の内容が恋愛事で、その表情から女性が望む内容ではなかったと解釈できる。また当時オランダでは一般的であった真横からやや近距離で対象を描く構図を用いながらも、無理のない立体的で自然な空間構成や、開放された窓から射しこむ自然光の柔らかな表現は、女性の複雑な感情を照らし出すかのような白眉の出来栄えを示しており、画中画を取り去ることで静謐な沈黙的雰囲気を一層際立たせることに成功している。なお画面の右部分を隠すカーテンは当時のオランダで流行したトロンプ・ルイユ(騙し絵)的な要素を取り入れたものであるとされる。

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牛乳を注ぐ女

 (Milkmasje) 1658年
45,5×41cm | 油彩・画布 | アムステルダム国立美術館

17世紀オランダ絵画史上最大の風俗画家ヨハネス・フェルメール屈指の代表作『牛乳を注ぐ女』。画家の全ての作品の中でも特に人気が高く、現在も数多くの人々を魅了し続けている作品としても知られる本作は、所謂、使用人階級にあたる女性が牛乳を陶製の容器の中へ注ぎ込むという素朴な日常風景の一場面を描いた作品で、その表現は白眉の出来栄えである。画面全体にフェルメール様式の大きな特徴のひとつであるポワンティエ技法(点綴法)が認められ、その光の表現における秀逸な効果はテーブルの上に置かれるパンへ顕著に示されている(同部分の絵具層は三層に重ねられていることがX線調査によって判明した)。また左部の窓から室内に射し込んだ柔らかく明瞭な陽光描写の絶妙な加減や、画面を包み込む穏やかで静謐な雰囲気なども特筆すべき点であるほか、牛乳を注ぐ女やテーブル上の黄色、青色、赤色と、背後の白壁との鮮やかなコントラストは観者に爽快な印象を強く与えることに成功している。フェルメールはテーブル上により多くの食物を配するために、テーブルを長方形ではなく台形状に描いている。なお本作にはかつては署名が記されていたことが判明しているも、現在では、その判別が極めて困難な状態にある。

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デルフトの小道(小路)

 (Het Straatjd) 1558-1559年頃
53.5×43.5cm | 油彩・画布 | アムステルダム国立美術館

17世紀オランダ絵画黄金期を代表する風俗画家ヨハネス・フェルメールが手がけた現存する二枚の風景画作品の内のひとつ『デルフトの小道』。1654年デルフトの街で起こった火薬庫爆発事故を機に、画家が思い入れの強い街の情景を絵画内へ留めようと、街への敬愛を示した都市景観画のひとつであると推測される本作に描かれる場所の特定については、研究家スウィレンスが提唱したフォルデルスフラハト運河近くの旧養老院とする説が主流とされているも、異論も多く、現在も研究が続いている。フェルメールと同じデルフト派のひとりピーテル・デ・ホーホの手がけた都市景観画に強い影響を受けていることが多くの研究者から指摘される本作では、左から洗濯をおこなう女、道端に座る二人の子供、戸口で針仕事をする老女が登場人物として描かれるが、いずれも当時の人々のありふれた日常生活の一場面を描いたものである。また本作の制作年代については、煉瓦で使用される赤褐色や、それらを繋ぐ膠泥(モルタル)の白色、ポワンティエ(点綴法)、一部に見られる何層にも重ねられた厚塗り描写など『牛乳を注ぐ女』や『デルフトの眺望』で用いられた手法と同様の手法で描かれることから、同時期に手がけられたと推定されている。

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デルフトの眺望

 (Gazicht op Delft) 1659-1660年
98,5×117,5cm | 油彩・画布 | マウリッツハイス美術館

数少ないフェルメール作品の中でも一際貴重な風景画作品のひとつ『デルフトの眺望』。本作はロッテルダムとデン・ハーグとの中間に位置するオランダ南ホラント州の都市で、画家が生まれ生涯を過ごした≪デルフト≫の朝七時頃(作品内の時計塔は同時刻を指している)の街並みを描いた風景画であるが、街の前景に影を、後景に光を当てる光彩描写や、理想的な美しさを求め現実の街の姿を変革し描いた表現は、同時代に制作された風景画の中でも特筆に値する出来栄えを示している。画面中央の石橋の左右に配されるスヒーダム門(時計塔)、ロッテルダム門は本来この視点からだと平行に見えるはずであるが、構図的により調和性を求めたフェルメールは、右側のロッテルダム門を外側を向くように再構成している。また17世紀当時デルフトの象徴であり同地の英雄オラニエ公ウィリアムが埋葬された新教会は、朝日に照らされ画面内で最も輝きを放っている。本作は描かれた16世紀当時から評価が高く、1696年におこなわれた画家作品の競売では最高価格200ギルダーで、1822年にマウリッツハイス美術館が購入した際には2900ギルダーの値がつけられたことが資料に残されている。なおマウリッツハイス美術館で本作を観覧した20世紀フランス文学を代表する作家マルセル・プルーストは、後に「あの絵画を見て、私は世界で最も美しい絵画を見たのだと悟った」と語り、自身の傑作『失われた時を求めて』に重要なモチーフとして登場させている。

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二人の紳士と婦人(ワイングラスを持つ娘)


(Dame en twee heren) 1660年頃
78×67cm | 油彩・画布 | アントン・ウルリッヒ美術館

フェルメールの進化が示される代表作『二人の紳士と婦人』。ブラウンシュヴァイクのヘルツォーク・アントン・ウルリッヒ美術館に所蔵される本作は、ワイングラスを手にこちらを思惑的な眼差しで見つめる女性と、女性に言い寄る紳士、頬杖をつく紳士を描いた風俗画で、明確な矩形の床に代表される空間構成から、フェルメールが生涯を過ごしたデルフトの街で活躍した風俗画家ピーテル・デ・ホーホの影響を強く受け制作されたと考えられている。殆どの研究者が類似点を指摘する1658-59年頃に手がけた『紳士とワインを飲む女(ブドウ酒のグラス)』と比べ、フェルメールはピーテル・デ・ホーホ様式を踏襲しながらも、構成要素を再構築し、観る者に心地よさを感じさせる、より自然で開放的な空間を画面内に創り出している。また画面右部の床と壁付近の矩形に注目すると酷く歪んで見えるが、これは画家が透視法に則った為に不自然さが際立ってしまった例で、本作以降の作品には見られないことから、フェルメールの空間描写における進化の過程を示す要点のひとつとして特筆に値する。

関連:『紳士とワインを飲む女(ブドウ酒のグラス)』

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ヴァージナルの前の二人(音楽の稽古)


(Paar aan het virginaal) 1662-1665年頃
73.6×64.1cm | 油彩・画布 | ウィンザー城王室コレクション

17世紀オランダ絵画の大画家フェルメール1660年代前半を代表する作品『ヴァージナルの前の二人(音楽の稽古)』。本作に描かれるのは、ルネサンス・バロック期の音楽においてよく使用された撥弦鍵盤楽器チェンバロ(英名ハープシコード)の小型版である≪ヴァージナル≫を演奏する若い女と、その隣で立つ男で、フェルメールの大きな特徴である柔らかで明瞭な光の描写と、計算された空間構成と構図によって表現される静謐な場面展開が見事な出来栄えである。ほぼ同時期に描かれた『二人の紳士と婦人』などに認められる空間構成上の課題点であった、透視法に則った描写によって発生する床面の歪みの不自然さを解消する為に、画面右側下半分へオリエンタル風の絨毯が掛けられる大きなテーブルが描かれている。またテーブルの上に乗せられる白磁器の水差しやヴァージナルの前の男女の間に置かれる青い椅子は、主に暖色が支配する本作の構図中で絶妙なアクセントとなっている。本作で女が演奏するヴァージナルには「音楽は喜びの伴侶、悲しみの薬」と銘文が記されており、アンドリース・リュッカーズの制作だと考えられるほか、登場人物である演奏者を真後から捉え描くことによって、観る者へ自然と、本作の中に入り込むような感覚を与えることに成功している。なお男の解釈については恋人説や音楽教師など様々な説が唱えられるも、確証を得るには至っていない。画中画としておそらくユトレヒト・カラヴァジョ派の画家の≪ローマの慈愛(キモンとペロ)≫が画面右端に掲げられている。

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青衣の女

 (Dame in blauw jak) 1662-1665年頃
46.5×39cm | 油彩・画布 | アムステルダム国立美術館

オランダを代表する風俗画家フェルメールが手がけた単身女性像作品のひとつ『青衣の女』。本作は1660年代前半に複数枚描いた単身女性像作品群の中の一枚で、数年前に描かれた画家の代表作『窓辺で手紙を読む女』とかなり類似した構図や場面構成であるが、『窓辺で手紙を読む女』と比較し、人物やその行為への注目がより明確となっている為、画面構成要素はより簡素となり、本作にはフェルメール作品の大きな特徴である(通常左側に描かれる)窓の描写すら見られない。本場面は登場人物である青衣の女と、女が手にする手紙、壁に掛けられた世界地図、二脚の椅子、机とその上に乗る木箱や書籍や(おそらくは首飾りであろう)真珠と、極めてシンプルな構成であるが、そこに射し込む柔らかく明瞭な光は、各構成要素の素材感すらあまり感じさせない、包み込むかのような自然的で調和に満ちた描写によって表現されている。また1650年代後半で多用された光の粒とも言える点描での表現手法を影を潜めていることや、色彩数を抑え(本作はほぼ青、黄、茶の三色によって表現されている)、明度、彩度の変化によって多様な変化と深みをもたせていることなども、画家の様式の変化を示す点として注目したい。本作の解釈については諸説述べられているも、壁に掛けられた世界地図は手紙の送り主が現在は外海にいることを暗示しているほか、妊娠しているとも推測される手紙を読む青衣の女に関して、一部の研究者からはフェルメールの妻カタリーナをモデルにしたとも考えられている。

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真珠の首飾りの女

 (Vrouw met parel ketting)1662-65年頃
55×45cm | 油彩・画布 | ベルリン国立美術館

フェルメールが1662年から1665年頃に手がけたと推測される代表作『真珠の首飾りの女』。本作はフェルメールが数多く手がけている女性の日常生活の一場面を捉えた単身像風俗画作品の一枚であるが、この時期に制作される作品は洗練度を増し、人物、背景、動作、構図、構成要素、そして色彩が一体となって作品内で溶け合うかのような画家の表現手法のひとつの頂点を示している。本作の中で、真珠の首飾りを身に着け鏡に映る自分を見つめる女性の姿は、部屋内を包み込む柔らかい光によって照らされているも、決して存在感を示し過ぎることなく、背後の白壁と混ざり合うかのような描写がなされている。画家の作品で度々登場する、この女性の纏う衣服の色彩と同系色を用いまとめられた本作の色彩や、質感すら感じさせないポワンティエ(点綴法)からの逸脱を示す描写手法、動作や場面に必要な要素以外を排除することによって、シンプルでありながらも非常に統一感に優れた画面構成がおこなわれているのが、この頃の画家の作品の大きな特徴である。またX線の調査によって女性の背後には地図が描かれていたことが判明しており、同時期に制作された『青衣の女』との幾つもの類似点が指摘されている。なお過去には女性が鏡を前にする動作・場面から≪虚栄≫の寓意が込められているとの推測がなされていたも、現在、この説については大半の研究者が否定的である。

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窓辺で水差しを持つ女

(Vrouw met waterken)1662-65年頃
45.7×42cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

17世紀オランダ絵画黄金期に活躍した風俗画のヨハネス・フェルメール作『窓辺で水差しを持つ女』。幾つもの優れた作品を残している1660年代に手がけられた本作は、左側に窓が置かれた部屋の中で日常生活を過ごす女性の単身像というフェルメールの典型的な作例のひとつであるが、その完成度は非常に高い。特に綿密な計算によって塗り重ねられた透明感を感じさせる色彩表現は特筆に値する。窓際で水差しを手に、おそらく窓を開けているのであろう女性の被る白頭巾の薄く青みがかった白色の表現は、背後の白壁と明らかに異なる存在感を放っており、その透明的でありながら明暗を明確に示す色彩の階調の変化は、観る者に清涼感すら感じさせる。また女性が左手に持つ、よく磨かれたであろう光沢感の強い銀の水差しの皿に映り込む、テーブルに掛けられたタペストリー布の類稀な反射表現は、否が応にも観る者の視線を水差しへと向けさせる。しかし幾多の画家が陥った、このような技巧的描写による作品全体の統一感の喪失は認められず、むしろ、その表現力の錬度は過去の作品と比較し、より一層増している。それは本場面を包み込む穏やかな光の表現においても言えることであり、様々に変化する色調によって描写された構成要素に当たる光は、人物や物体の輪郭を溶かすかのような表現が用いられている。なお本作の画面右側壁に掲げられるオランダの地図はH・アラルトの作であることが判明している。

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真珠を量る女

nbsp;(Perelweegster) 1662-65年頃
42.5×38cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

17世紀オランダ絵画黄金期に活躍した風俗画の巨匠ヨハネス・フェルメールの傑作『真珠を量る女』。画家の作品の中でも特に小作の部類に属する本作は、1662-65年頃に画家が数多く手がけた日常を単身女性像と仕草によって描いた風俗画のひとつであるが、特筆すべきはその内容で、画中画や女性の仕草から、この頃の作品には珍しく寓意的なアプローチが示されているのが大きな特徴である。画面の1/4を占める作品内の画中画は16世紀フランドルの画家J・ベルガンブ(又はヤコブ・デ・バッケル)の『最後の審判』と推測される。過去にはこの女性は金貨や真珠を量っているものと考えられていたが、近年の顕微鏡調査によって、天秤には何も乗せられてないことが判明し、本作の解釈については、画中画から魂を量る寓意が込められるとする説(『最後の審判』は神の意思により大天使ミカエルが、手にする天秤によって人々の魂の善悪を裁くとされる≪例:ウェイデン作『最後の審判の祭壇画』≫)など諸説唱えられており、今なお議論が続いている。また絵画の技巧的にも、これまでの明瞭で自然的な光の描写から、やや暗めの光彩を用い、女性の顔や前半身・天秤・真珠・金貨・画中画の右縁など要点となる箇所へ光を強調して描いていることは、注目すべき点のひとつである。

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リュートを調弦する女(窓辺でギターを弾く女)


(Woman with a Lute near a Window)1662-65年頃
52×46cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメール作『リュートを調弦する女』。過去には『窓辺でギターを弾く女』とも呼ばれていた本作は、長い間、劣悪な環境にあった為に極めて保存状態が悪く、高名なフェルメール研究者のひとりブランケルトを始め一部の研究者は真作から除外しているものの、1817年からの来歴が明確であることや、署名が記されること、少ない情報ながら様式的特徴から現在では、ほぼ真作と認められている。本作に描かれるのは、画家の大きな特徴である画面左側に配された窓の近くで、中世から17世紀にかけて欧州で広く用いられた撥弦楽器であるリュートを調弦する女性で、細部などまだまだ研究の余地は多く残されているものの、射し込む光の柔らかで明るい表現と、落ちる陰影の複雑な表現から、おそらくは画家が女性の日常生活の一場面を捉えた描いた単身像風俗画作品の傑作を数多く生み出した1662年から1665年頃に描かれたと推測される。本作の机上に置かれる楽譜など細部の詳細は、画面が不鮮明であるため未確認であることや、女性が窓外へ向ける視線が何を意味するのかなど、本作はフェルメールの作品の中でも特に今後の研究や解釈が期待される作品でもある。なお背後の地図は初版であるヨドクス・ホンディウス作の、もしくは再版したヨアン・ブラーウ作の地図であると推測されている。

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真珠の耳飾りの少女(青いターバンの娘)


(Meisje met palel) 1665-66年頃
46.5×40cm | 油彩・画布 | マウリッツハイス美術館(ハーグ)

フェルメールの最も有名な作品のひとつで、北欧のモナリザと称される傑作『真珠の耳飾りの少女』。別名、青いターバンの娘とも呼ばれる本作において最も特徴的な、黒色で統一される背景に鮮明に浮かび上がる少女の瞬間的な表情は、見る者に極めて強烈な印象を与えている。これはレオナルド・ダ・ヴィンチラファエロも使用した、登場人物(本作では少女)の描写以外の絵画的構成要素を極力無くした暗中の背景とによって対象を一層際立たせる表現手法と、鮮明な光彩描写やターバンや衣服に用いられた黄色と青色による鮮やかな色彩のコントラスト、少女の振り向きざまの一瞬を捉えたかのような構図などとの相乗的効果によるところが大きい。また1882年のオークションでわずか2.5ギルダー(1ポンド以下)で売却された来歴を持つ本作の最も大きな謎のひとつである、『誰を描いたものであるか?』ということに対し、理想化された人物であるとする説や、フェルメールの娘のひとりを描いたものであるとする説など諸説唱えられているが、そのどれもが現在も確実な根拠を持つには至っていない。なお1668-69年頃に手がけられたと推測される本作と同様、人物の頭部を描いた作品『少女の頭部』がメトロポリタン美術館に所蔵されている。

関連:メトロポリタン美術館所蔵 『少女の頭部』

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合奏

 (Concert)
1665-66年頃 | 69.2×62.8cm | 油彩・画布
イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン)

17世紀オランダを代表する画家ヨハネス・フェルメールの傑作『合奏』。本作は(複数で)奏楽するという内容や、黄色の衣服を纏う女性や杖を持つ男、二枚の画中画、鍵盤楽器、床に置かれたコントラバス、机上に掛けられるタペスリーなど構成要素、画面サイズに類似点が数多く認められることから、画家が1662-1665年頃に手がけた『ヴァージナルの前の二人(音楽の稽古)』と対画であると推測もされていたが、現在では研究が進み、おそらく、その数年後の1665-66年頃に制作されたと考えられている。本作は黄色の衣服の女性のスカートに示される誇張気味で鋭角的な質感表現など画家の簡略化をみせてゆく技巧的変化が表れた初期の作品として注目度は高い。しかし本作は1990年3月に所蔵先であるボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館で警察官に扮した2名の(おそらく美術品専門ではない)強盗により盗難され、2007年2月4日現在も行方不明であり、元々良好ではなかった状態の悪化などが懸念されている。なお本作に描かれる2枚の画中画について、右側はデュルク・ファン・バビューレン作『取りもち女(遣り手婆)』と、左側はヤコブ・ファン・ライスダール近辺の画家の風景画と推測される。

関連:『ヴァージナルの前の二人(音楽の稽古)』

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手紙を書く女

 (Briefschrijvende vrouw) 1665-1666年頃
45×39.9cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

オランダ絵画黄金期の風俗画家ヨハネス・フェルメール作『手紙を書く女』。おそらくは1665年から1666年頃に描かれたと推測される本作に描かれるのは、この頃の画家がしばしば描いた、女性の日常生活の一場面を捉え表現した単身像風俗画作品のひとつで、フェルメールの作品で最も多く描かれている襟元、袖口に斑点模様の毛のついた黄色の衣服を身に纏う女性が手紙を書きながら、意味深げに観者を見つめる姿が非常に印象的である。主題・構成などの類似点が認められることから多くの研究者が17世紀オランダの風俗画家ヘラルト・テル・ボルフの『手紙を書く女』の影響を指摘している本作では、柔らかく温もりを感じさせる画家独特の光の表現や、背後の壁と溶け合うかのような輪郭の描写など、これまでのフェルメールの技巧的特徴も示されているが、観る者との直接的な意思の接合を感じさせる女の視線など、これまでに見られない、露骨な画家の意図的特徴も示されている。また女の背後に描かれる画中画はバスケニス、又はファン・デル・メーレン、ヴィオラ・ダ・ガンバの手によると考えられる、人生の無常や儚さを表現したヴァニタス画『バス・ヴィオールと頭蓋骨のある静物』らしき作品が掛けられていることも注目すべき点のひとつである。なお一段と明瞭になる光の加減や装飾的描写など、さらに技巧的な様式の変化を示す、本場面のその後を描いたかのような作品『手紙を書く女と召使(フリック・コレクション所蔵)』が1667-1668年頃に制作されている。

関連:ヘラルト・テル・ボルフ作 『手紙を書く女』
関連:フリック・コレクション所蔵 『手紙を書く女と召使』

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絵画芸術

 (De schilderkunst) 1666-1667年頃
120×100cm | 油彩・画布 | ウィーン美術史美術館

17世紀オランダ絵画黄金期の巨匠フェルメール中期を代表する大作『絵画芸術』。画家の作品の中でも特に大きな画面で制作された本作は、右手に名声を象徴するトランペットを、左手に歴史を象徴する書物を、そして頭に月桂樹の冠を被るというチェーザレ・リーバ著≪イコノロギア≫に記される歴史の女神クリオに扮した女性を画家がアトリエで描く場面という、所謂≪画家のアトリエ≫を題材にした作品で、本主題≪画家のアトリエ≫は当時のネーデルランドではよく描かれた主題であるも、この頃のフェルメールの作品には殆ど見られない、明らかな寓意が込められているのが最大の特徴である。あくまでもフェルメールらしい日常的な室内風景を感じさせる本作ではあるが、この寓意に関しては一般的に、画家という自らが携わる職業に対する礼讃的な寓意や、絵画という芸術に対する礼讃的な寓意であると解釈されているほか、細部に注目すると本作の画家(一説にはフェルメール自身と解釈される)が歴史の女神クリオが被る月桂樹の冠から描いていることや、女性の前に配される机上の仮面、掛け布、巨大な書物も何らかの寓意が込められていると推測される。また画面左部に大きくかかるカーテンに見られる光の粒は、画家の代表作『牛乳を注ぐ女』のパンに示されるようなポワンティエ技法(点綴法)による圧倒的な質感表現から、より表層的で装飾的な点描表現へと技巧的、表現的な変化をみせている。フェルメールが没するまで所有していたことから、画家の作品の中でも特に重要な作品であったことがわかる本作は、第二次大戦時にヒトラーのためにナチスが購入し、終戦後は、一時ワシントンに保管されていたも、1946年にウィーン美術史美術館へと移管された来歴をもつ。なお歴史の女神クリオに扮する女性の背後に掛けられる地図は、アムステルダムの地図製作者ニコラス・フィッシェルの作だと考えられている。

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天文学者

 (Astronoom) 1668年頃
50×45cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

風俗画の巨匠ヨハネス・フェルメールの決定的な転換期を示す作品『天文学者』。複数の研究者から異論も唱えられているものの、おそらくは翌年頃に描かれた『地理学者』との対画、又は連作であったと考えられる本作は、フェルメールが明確に風俗画を描き出した1657年頃以降の作品では非常に珍しい女性が描かれず、男性のみが登場する作品である。本作の天球儀や天文学者の上半身、そして画面手前の机から垂れるタペスリー上部を照らす、窓から射し込む柔らかい光の表現は1660年代中頃までの作品と比べ、やや明度が増しているも、フェルメールの特徴的な調和と絶妙な均整性は失われていないのがわかる。また天文学者の纏う厚ぼったいガウンに見られる複雑なウエット・イン・ウエットを用いた描写法や、タペスリー上部に散乱する独立的で装飾的な光の粒の描写は、画家の技巧的表現への傾倒を感じさせる。この天文学者が右手を添えるのは、おそらく『地理学者』の画面上部に描かれる地球儀の作者と同じアムステルダムの地図製作者ヨドクス・ホンディウスの手による天球儀であると思われるほか、本作の画面右部には≪モーセの発見≫を主題とした画中画が掛けられているのも注目すべき点のひとつである。なお本作には1668年と後補とされる年記が残されているが、一般的にはこれを支持している。

関連:フェルメール作 『地理学者』

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地理学者

 (Geograf) 1669年頃
53×46.6cm | 油彩・画布 | シュテーデル美術館

風俗画の巨匠ヨハネス・フェルメールの決定的な転換期を示す作品『地理学者』。複数の研究者から異論も唱えられているものの、おそらくは前年頃に描かれた『天文学者』との対画、又は連作であったと考えられる本作は、フェルメールが明確に風俗画を描き出した1657年頃以降の作品では非常に珍しい女性が描かれず、男性のみが登場する作品である。本作で最も特徴的なのはは『天文学者』と比べ、より一層明度が高まった、窓から射し込む光の表現で、それは地理学者や手にするコンパス、机上の(おそらくは)海図はおろか、木製の箱や椅子、床面まで光が広がっているほか、室内もやや広くなり、空間的な構成も地理学者の前傾姿勢を斜め前から捉えているのも注目に値する。また地理学者の纏う厚ぼったいガウンに代表される明暗の簡略化された明確な表現は、本作以降の作品に共通する最も大きな特徴のひとつであり、本作内で技巧的な変化が顕著に示されている代表的な部分である。地理学者の背後の棚の上に置かれるのは、おそらく『天文学者』に描かれる天球儀の作者と同じアムステルダムの地図製作者ヨドクス・ホンディウスの手による地球儀であると推測され、画面右部には地図が配されている。なお本作にも『天文学者』と同様に後補とされる年記(1669年)が残されており、こちらも一般的には支持されている。

関連:フェルメール作 『天文学者』

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恋文

 (Liebesbrief) 1670年頃 (1669-1671年頃と推測)
44×38.5cm | 油彩・画布 | アムステルダム王立美術館

17世紀オランダを代表する風俗画画家ヨハネス・フェルメールの様式発展(転換)の作品のひとつ『恋文』。本作は画家の作品ではお馴染みのシターン(雫型の共鳴体を持った中世の撥弦楽器)と手紙を持つ女と、傍らに侍女を配した風俗画のひとつであるが、画面中央下部の床のサンダルや箒、画中画として侍女の背後の壁に掛けられる帆船の海景図など、あからさまな寓意的要素が示されている点や、女性らが居る部屋とは別の部屋から覗いているかのような複雑な空間構成が用いられている点など、それまでの画家の作品には見られない変化が顕著に示されているのが最も大きな特徴である。この複雑な構図・空間構成はこの時期には比較的珍しいものではなく、直接的な典拠は同時代の風俗画家ピーテル・デ・ホーホ作『男と女と鸚鵡(オウム)』などの作品から得ていたことが推測されている。また床のサンダルや立てかけられた箒、帆船が行き交う海景図は恋愛情事の寓意として知られており、ここまで明確に寓意的象徴物を画面内へ描いていることは、画家の様式的変化の決定的な表れであり、これらのことから本作は侍女がシターンの女に恋文を届けたと解釈されるほか、シターンの女性の鋭角的な衣服の描写や侍女のやや単純化された人物表現などにもフェルメールの技巧的変化が見られるのである。なお本作は1971年9月にブリュッセルでおこなわれた展覧会で盗難に遭い13日後に犯人の自室で発見されるが、カンヴァスから絵具が剥落するなど深刻な破損が発生しており、完全な修復が完了したのは盗難から約一年経った後であった。

関連:ピーテル・デ・ホーホ作 『男と女と鸚鵡(オウム)』

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レースを編む女

 (Kantklosster) 1670年頃
23.9×20.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フェルメール後期の作品の中でも特に傑作とされる代表作のひとつ『レースを編む女』。これまでに発見されている画家の作品の中で最も寸法の小さい作品でもある本作に描かれるのは、当時としては描かれることの少なくない風俗的主題である≪レースを編む女≫で、制作の詳しい意図や目的は不明であるも、その非常に高度な技巧的表現や描写手法から傑作として広く知られている。小寸法ながら綿密に描かれる女の手元や、俯く顔面の繊細ながらやや強い明暗対比による光彩表現、特徴的な粒状の光の描写なども特筆に値するが、本作において観る者を最も惹きつけるのは白い三本のラインが入る青いクッション状の針山から垂れ下がる赤糸と白糸の驚くべき表現にある。まるで飴が溶け滴るかのように描写される流々とした二色の糸の描写は、それまでの作品にも示される画家の卓越した表現技巧の中でも特に秀逸な出来栄えであり、その斬新性や近代性は他作品の追随を許さない。当時のフェルメールは全体の調和性を重んじていた作風から、自身の技巧的な顕示がみられる作風へと変化させていた過渡期であり、本作もその一例と位置付けられるものの、この類稀な赤糸と白糸の表現によって、それらの作品とは決定的な魅力や完成度の差が生じている。また全体的には対象を細密というより流動的かつ大まかに描写していることなどから、その表現技法は明らかに様式化を示しており、このような点からも本作は画家の作風の変化を考察する上で、欠かせない作品としても重要視されている。

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ヴァージナルの前に立つ女性


(Staande Klavichordspeelster) 1669-1671年頃
51.8×45.2cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

オランダ絵画黄金期の風俗画家ヨハネス・フェルメール後期の代表作『ヴァージナルの前に立つ女性』。本作に描かれるのはルネサンス・バロック期の音楽においてよく使用された撥弦鍵盤楽器チェンバロ(英名ハープシコード)の小型版である≪ヴァージナル≫と、その前に立つ女性で、1660年代の作品『ヴァージナルの前の二人』や『合奏』などでも描いた(画家お馴染みの)音楽的モティーフを扱った作品である。本作はそれらの作品と比較してみると、女性の衣服の粒状の光の表現や、鋭角的でやや硬質的なスカートの描写、(本作と)同時期の作品『レースを編む女』に見られる、飴が溶け滴るかのような流々とした質感的表現などに単純化かつ様式化された画家の作風的変化が示されている。しかしながら、窓を背にする女性の前半身にかかる陰影の中にも柔らかな光を感じさせるフェルメール独特の清潔感に溢れた光彩表現は、この頃の画家の作品では他に類をみないほど秀逸の出来栄えである。画中画にはヤン・ウェイナンツ風の風景画を2点と、ファン・エーフェルディンゲンによる『仮面を踏むキューピッド』、もしくはオットー・ファン・フェーンの銅版画の中の一枚『完全なる愛は只一人のためのもの』に着想を得たと推測されるキューピッドの絵が飾られている。

関連:フェルメール作 『ヴァージナルの前に座る女性』

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「信仰」の寓意

 (Allegorie op het geloof) 1673-75年頃
114.3×88.9cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

17世紀オランダの風俗画家ヨハネス・フェルメール最晩年期の作品『「信仰」の寓意』。おそらくイエズス会の有力者、もしくは熱心なカトリックの信者からの依頼によって制作されたと考えられる本作は、同宗教に対する≪信仰≫の擬人像を用いた寓意画で、画家の全作品の中でも特に、あからさまな寓意的内容が顕著に示される作品である。フェルメール1660年代屈指の代表作『絵画芸術』との構図的類似から、(おそらく依頼者からの希望で)『絵画芸術』を構図の原型としたと指摘されている本作は、チェーザレ・リーパの寓意画像集≪イコノロギア≫の「信仰は思慮深い女の座像によって表される…」に基づく図像展開が用いられたと考えられる。画面ほぼ中央では≪信仰≫の擬人像が、右手を胸に当て、天を仰ぐように視線を上方へと向けており、下半身では≪イコノロギア≫の図像に従い『地理学者』に描かれるものと同様の地球儀に足を乗せている。≪信仰≫の擬人像の隣には聖杯と聖書、十字架などカトリックのアトリビュートが置かれるテーブルが配され、天井からは宇宙の無限的広大を示すガラスの球が描かれている。また床には原罪を象徴する食べかけの林檎が落ちているほか、画面ほぼ中央最下部の蛇や石は、悪の象徴である蛇が石に潰され血を流すことから、悪に対する善の勝利を示している。画面左部分のタペストリーの図像に関しては「ルドールフの司祭」とも「東方三博士の礼拝」とも推測されている。またタペストリー部分の平面的でパターン化された粒状の光などに、表現様式・手法に関する画家の技巧的な変改・展開が示され、如実に示されるこの技巧的・表現的変化に関して、古典主義へと傾倒していった当時のオランダでの絵画的流行との関連性も注目すべき点のひとつである。17世紀フランドル絵画の巨匠ヤーコブ・ヨルダーンスの『十字架上のキリスト』を簡略化した絵画が画中画として描かれている。

関連:ウィーン美術史美術館所蔵 『絵画芸術』
関連:ヤーコブ・ヨルダーンス作 『十字架上のキリスト』

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ヴァージナルの前に座る女性


(Zittende Klavichordspeelster) 1675年頃
51.5×45.6cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

現存するフェルメール最晩年の作品と位置付けられる『ヴァージナルの前に座る女性』。画題、構成要素、構図、画面サイズなどの共通点から数年前頃に描かれた、画家後期の傑作『ヴァージナルの前に立つ女性』の対画として制作されたと推測される本作に描かれるのは、画家がこれまでにも度々描いてきた音楽的風俗要素のひとつである≪ヴァージナル(ルネサンス・バロック期の音楽においてよく使用された撥弦鍵盤楽器チェンバロ(英名ハープシコード)の小型版)≫を弾く婦人である。『ヴァージナルの前に立つ女性』と比較すると、ヴァージナルを奏でる女性は対称に配されており、背後の画中画にはキューピッドが示す≪忠実の愛≫に対する≪俗欲の愛≫を意味する『取り持ち女(ディルク・ファン・バビューレン作)』が描かれているほか、画面手前にはヴィオラとそれに用いる弦が配されている。また表現手法においても、フェルメール後期の様式の大きな特徴である対象や構成要素の平面的簡略化と、空間構成や光の表現における視覚的な合理性への追求が本作には顕著に示されている。特にヴァージナルの前に座る女性の顔にかかる前髪や身にまとう硬質的に光を反射する青衣、女性が座る椅子の装飾や背後の画中画の額縁などは、画家の1660年代の表現様式からは想像もつかないほど描写の変化を示している。

関連:フェルメール作 『ヴァージナルの前に立つ女性』

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