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Introduction of an artist(アーティスト紹介)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール Georges de La Tour
1593-1652 | フランス | バロック・古典主義

20世紀になって再評価されたフランス古典主義の巨匠。無骨なほどの写実的表現と、非常に厳しい明暗対比による光と影によって、静謐で精神性の高い独特の様式や世界観を確立。夜の場面を描いた作品が現存する全真作の大半を占め、その作品的特長から≪夜の画家≫とも呼称されるも、現在では『女占い師』など昼の場面を描いたと考えられる作品も確認されている。後世の画家らによって多数の模写が残されていることから作品自体は高く評価されていたも、個性的な様式であったことや、画家の様式とは決定的に異なる軽快なロココ美術が画家の死後に隆盛を極めていったことから、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは急速に忘れられた存在となったが、1915年H・フォッスがおこなった『聖ヨセフの夢(聖ヨセフの前に現れる天使)』の研究をきっかけに再評価された。厳しい明暗対比の表現や、『いかさま師』を主題とした作品を描いていることからイタリア・バロック美術の巨匠カラヴァッジョから強く影響があったと推測される。現存する真作は全て風俗画や宗教画、単身人物像であり、神話を主題とした作品や肖像画は未だ確認されていない。


Work figure (作品図)
Description of a work (作品の解説)
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豆を食べる人々(食事をする農民の夫婦)
(Peasant Couple Eating) 1610年代に制作と推測される
74×87cm | 油彩・画布 | ベルリン美術館

フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールがおそらく初期に制作した代表的作品『豆を食べる人々(食事をする農民の夫婦)』。本作は、貧しい二人の男と女が修道院(又は救済院)の入り口前で受けた施しの豆を食べる姿≪豆を食べる人≫を描いた作品で、本画題を手がけた作品としてはラ・トゥールの一世代前に活躍した17世紀ボローニャ派の巨匠アンニーバレ・カラッチの『豆を食べる人(1583-1584年頃に制作)』が最も知られており、本作との関連性を指摘する研究者もある。教訓的な風俗画題、画家としては明瞭な(全体的な)光の表現、幾層に重ねられた筆触などから画業の初期、おそらくは1610年代、若しくは1620年頃に制作と推測されている本作の中で最も注目すべき点は、20代で本作を手がけた若き画家の殆ど完成された写実的技法にある。如実に老いを感じさせる豆を食べる男女の顔に刻まれた深い皺や擦れ解れた女の衣服(肘部分など)、自然主義的で的確な光やその反射、陰影の捉え方などは、その後の画家の作品に共通する圧倒的な迫真性を感じさせ、観る者の心象に深く訴えかける。この自然主義的写実性は施しを受ける貧相な老男女の内面的表情を映しているのみならず、当時の社会的な背景と(画家が感じる)その問題点・疑問点をも描き出しているようにも受け取ることもできる。なお本作はかつて『豆を食べる男』、『豆を食べる女』として中央から二枚に分断されていたが、後に修復作業が施され、現在の姿に至っている。

関連:アンニーバレ・カラッチ作 『豆を食べる人』

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老人 (Vieillard) 1616-1618年頃
91×60.5cm | 油彩・画布 | サンフランシスコ美術館

フランス古典主義の中でも特に重要な画家のひとりジョルジュ・ド・ラ・トゥールの対画作品『老人』。1949年にスイスで発見された本作は、発見当初は、ラ・トゥールへの帰属が疑問視されていたものの、現在では画家の現存する作品の中でも極めて初期の段階の代表作と考えられている。本作に描かれる主題や人物の意味・意図に関しては、古い北方の民衆劇の登場人物の中、傲慢な妻アリゾンに服従を強いられる弱気な夫ダンドンとする説など諸説唱えられているものの、いずれも確証を得るには至っていない。本作は構成的、表現的特徴や画面寸法の類似から、ほぼ間違い無く(本作同様)サンフランシスコ美術館が所蔵する『老婆(老婦、老女)』と対の作品であり、双方の作品を左右に並べると、両者(老人と老婆)の視線が自然と向き合い、そこにひとつの場面的状況が生まれる。人物の動作や姿勢から本場面の意味や意図をある程度は推測できるものの、それらを明確に示す決定的なアトリビュートは本作の老人が持つ非常に長い木の杖以外、一切示されていない。しかし若き画家が本作に表した、深い皺のよる老人の顔など圧倒的な写実的表現能力は観る者の目を奪う。さらに老人が穿く朱色のズボンや、そこに巻かれる黄色の巻脚絆(ゲートル)の強く鮮やかな色彩も特筆に値する。また、この老人の従順的な性格を感じさせる人物の心理的描写や、巨匠カラヴァッジョや、カラヴァッジョに影響を受けた北方の画家一派、所謂ユトレヒト派などに倣ったのであろう、強い光の描写による明暗対比によって劇的な感情を表現する手法なども、本作で注目すべき点である。なお本作は同時代の版画家カロの作品の人物との類似が指摘されている。

関連:対画 『老婆(老婦、老女)』

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老婆(老婦、老女) (Vieille femme) 1616-1618年頃
91.5×60.5cm | 油彩・画布 | サンフランシスコ美術館

フランス古典主義の中でも特に重要な画家のひとりジョルジュ・ド・ラ・トゥールの対画作品『老婆(老婦、老女)』。本作は対画となる『老人』同様、1949年にスイスで発見された作品で、その主題についても、『老人』と同じく、古い北方の民衆劇の登場人物の中、弱気な夫ダンドンに対して高圧的な態度で接する妻アリゾンとする説など現在までに諸説唱えられているが、いずれも確証を得るには至っていない。『老人』では長い木の杖のみはあるものの、この対画の解釈の手がかりとなるアトリビュートの存在が確認できる。しかし本作にはそのような図像・象徴となる描写は一切認められず、唯一、この老婆が見せる威圧的で傲慢な仕草のみが、本作の解釈の糸口となり得る要素である。画面中央に全身像で描かれる老婆は腰に手を当て堂々と仁王立ちしており、その姿からは勝気で偉そうに振舞う性の悪い性格を想像させる。そして画家の特徴的な強く明暗の大きな光の効果によって、それをより鮮明に観る者へと印象付ける。また老婆が下半身に着ける、細かな装飾が施された(前掛けのような)の衣服や、白い袖の複雑によった皺など細部の精密で非常に写実性の高い描写は、画家が若い頃から並外れた技術を会得していたことの表れである。さらにこの対画の大きな特徴のひとつである、ほぼ画面中央から明部と暗部が明確に分けられ描かれる背景の処理や、対象(人物)へ同一方向から当てられる光源などラ・トゥールの他の作品との共通点も見られるなど、今後の更なる調査・研究が待ち望まれている。

関連:対画 『老人』

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金の支払い(まき散らされた金、高利貸し、税の支払い)
(L'Argent versé) 1616-1618年頃、又は1624年-27年頃
99×152cm | 油彩・画布 | リヴォフ美術館(ウクライナ)

古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール初期頃の重要な作品『金の支払い』。1962年に発見された、画家の作品の中でも比較的新しい部類に属される本作は、その描かれる主題に関して16世紀から17世紀のネーデルランド(フランドル)絵画作品の風俗的画題に典拠を得た≪税の支払い(又は税の徴収)≫や≪高利貸し≫とする説、新約聖書に記されるキリスト十二弟子の中のひとりで、主イエスを裏切った逸話でも名高い≪イスカリオテのユダ≫が主を裏切る代償として銀貨30枚を受け取るという宗教的主題とする説、戦時下における身代金(又は徴収金)を受け取る場面とする説など様々な説が唱えられているも、現在は≪税の支払い≫又は≪高利貸し≫とする説が有力視されている(ただし本件に関しては現在も議論が重ねられており、研究も進められている)。その為、『まき散らされた金』『高利貸し』『税の支払い』とも呼ばれる本作であるが、厚塗りされた絵具や高位置から見下ろすような視点、焦点的に描かれる(蝋燭の)光など描写的特長に初期様式の傾向が顕著であるものの、本作に描かれる夜間の場面描写は、当時の「ラ・トゥールは画業の前期に昼の情景を描き、後期に入って夜の情景を描くようになった」とされていた通説を根底から覆す大きな要因となった。

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辻音楽師の喧嘩 (Rixe de musiciens) 1625-30年頃
94×104.1cm | 油彩・画布 | J・ポール・ゲッティ美術館

フランス古典主義の大画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール初期の代表的作品のひとつ『辻音楽師の喧嘩』。本作に描かれる画題は主に北方の絵画に見られた≪乞食が乞食を妬む≫であると考えられており、この教訓的な寓意的風俗主題の展開からラ・トゥールと北方の画家らと関係性を指摘する研究者も少なくない。本場面は道を行き交う人々を相手に演奏する辻音楽師の2人が喧嘩をしている姿を描いたものである。画面中央で盲人を装うヴィエル(古式ヴァイオリン)奏者がフルート奏者に襲いかかっているが、フルート奏者は右手に持つ檸檬の汁を絞り、ヴィエル奏者に浴びせかけ抵抗している。この檸檬の汁を相手の顔面(眼)に浴びせる姿は盲人を装うヴィエル奏者の偽りを暴く為の動作であり、本場面の最も注目すべき点のひとつである。また2人の周囲には嘆き悲痛の表情を浮かべる(ヴィエル奏者)の連れ合い(画面左端の老婦)、喧嘩を見て嘲笑するバグパイプ奏者やヴァイオリン奏者(画面右端で観る者と視線を交わす男)が描かれており、特に嘲笑する2人の男はラテン語の諺である本画題≪乞食が乞食を妬む≫を教訓的に暗示する重要な役割を果たしてる。本作に示される(カラヴァッジョに通ずる)圧倒的な自然主義的写実性や、やや厚塗りの筆触、頭部を平行線上に配した動的要素の少ない画面構成などから、画家の画業の初期である1625-30年頃に制作されたと推測されている。

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妻に嘲笑されるヨブ (Job et sa femme) 17世紀前半と推測
145×97cm | 油彩・画布 | ヴォージュ県立美術館(エピルナ)

フランス古典主義の巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『妻に嘲笑されるヨブ』。本作に描かれる主題は、旧約聖書のヨブ記に記される場面のひとつ≪妻に嘲笑されるヨブ≫である。ヨブ記の物語とは、神への高い信仰心や忠誠心を持っていたヨブは、「その信仰心は己の財産を守る為だ、財産を失えばヨブは神を呪うであろう」と悪魔から指摘された神からその信仰心を試されることになった。ヨブは悪魔の策略によって家畜(財産)を略奪され、さらに雷と大風で子供を失い、自身も全身に腫れ物ができてしまう。さらに妻からも醜い姿から見放されてしまう。ヨブのもとを訪れた友人らの慰めや忠告、勧告を受け入れず、ヨブは自分の正義を主張し、錯乱し始めた(神を疑い始めた)ものの、神からの啓示によって(又は友人らの助言を受け入れ)、謙虚に己の神への信仰を悔い改めると、神はヨブの病を癒し、以前よりさらに大きな幸福を与えた。とされている伝説的な逸話である。本作では(堆肥桶の上に座る)腫れ物ができたヨブに対して、妻が冷淡な視線で見つめながら、「お前をこのようにした神を呪って死ね」と罵詈を浴びせているが、妻が右手に持つ蝋燭の炎の神秘的な光によって、どこか厳格な宗教的儀式にも見える。また本作のヨブと妻の姿態の表現はドイツ・ルネサンス最大の巨人アルブレヒト・デューラーの同主題の作品からの引用も指摘されているほか、両者のシルエットによるアーチの形成や、(ヨブの見上げるような視線によって更に強調されている)妻の誇張気味な肉体的表現も、本作で特に注目すべき点のひとつである。なお本作は寸法や構成などの類似点から、画家の代表的作品のひとつ『蚤をとる女(蚤を探す女)』と関連する作品であるとの推測もされている。

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悔悛する聖ヒエロニムス(光臨のある聖ヒエロニムス)
(Saint Jérome pénitent (à l'auréole)) 17世紀前半と推測
157×100cm | 油彩・画布 | グルノーブル美術館

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的な単体聖人画作品のひとつ『悔悛する聖ヒエロニムス(光臨のある聖ヒエロニムス)』。現在真作と確認されている全作品中、唯一光臨の描かれる作品である本作に描かれるのは、4世紀に活動をおこなったラテン教会四大博士のひとりで、ローマで神道を学んだ後19歳で洗礼を受け、シリアの砂漠で数年間隠修生活をおくり数々の誘惑に打ち勝ったほか、聖パウラを弟子にしウルガタ聖書の翻訳(教会公認ラテン語訳の聖書となった)をおこなった逸話や、シリアの砂漠で数年間隠修生活をおくり数々の誘惑に打ち勝った逸話などでも知られている聖人≪聖ヒエロニムス≫が、聖書よりも古代ローマの政治家兼哲学者(文筆者)マルクス・トゥッリウス・キケロの著書を始めとした古代文学に心を惹かれた罰として、天使に鞭を打たれ、悔悛する姿である。本来の教義を的確に表すならば天使の姿も当然描かれるのであるが、本作には天使(が鞭打つ姿)を描かず、自ら鞭打つ姿を描くことによって聖ヒエロニムスの精神的な悔悛と聖人の確固たる意思をより強調したのだと考えられている。またラ・トゥール独特の秀逸な自然主義的写実描写が際立つ本作は、かつてはフセペ・デ・リベーラ(ホセ・デ・リベラ)などスペインの画家によって制作されたと考えられていたが、近年の調査・再研究によって画家の帰属と断定され、現在では画家屈指の代表作として広く認められている。洞窟を思わせる硬質的な舞台の中で、強烈な光に照らされ浮かび上がる聖ヒエロニムスの、深く刻まれた皺や肌の弛み、痩せ衰えた肉体は人間的な老いを如実に感じさせる。しかし(聖人を含む)画面全体から伝わる静謐な雰囲気や静寂感は、聖ヒエロニムスの聖性や戒め的な姿をより浮き上がらせている。なお本作より少し後に制作されたと推測されている、光臨に換えて(聖人の重要なアトリビュートのひとつである)朱色の枢機卿の帽子が描かれた同主題・同構図の作品『悔悛する聖ヒエロニムス(枢機卿の帽子のある聖ヒエロニムス)』がストックホルム国立美術館に所蔵されている。

関連:『枢機卿の帽子のある聖ヒエロニムス』

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帽子のあるヴィエル弾き(蝿のいるヴィエル弾き)
(Le Vielleur au Chapeau) 初期頃と推測される
162×105cm | 油彩・画布 | ナント美術館

フランス古典主義の大画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『帽子のあるヴィエル弾き(蝿のいるヴィエル弾き)』。本作はかつてバルトロメ・エステバン・ムリーリョを始め、フセペ・デ・リベーラ(ホセ・デ・リベラ)ディエゴ・ベラスケスフランシスコ・デ・スルバランなどラ・トゥールと同時代に活躍した様々な17世紀スペインの画家によって制作されたと考えられていたものの、1920年代にピエール・ランドリーによって指摘され、1931年、ドイツの著名な美術史研究者ヘルマン・フォッスによって画家の帰属とされた作品で、中世からルネサンス期には貴族らにも愛されていたが、17世紀頃には農民や乞食など貧民層(下級階層)の楽器として蔑まれるようになった古楽器≪ヴィエル・ア・ルー≫を手にする独りの老人が描かれている。ラ・トゥールは『犬を連れたヴィエル弾き』、『肩掛け袋を置いたヴィエル弾き』など古楽器ヴィエルを手にする単身男性像作品を数多く制作しているが、本作はその中でも最も代表的な作例のひとつとして知られている。圧倒的な写実的描写によって表現される(盲目を思わせる)孤独な老人の姿は、観る者に悲愴感に溢れた感情的な印象を与え、場面の中に漂う静謐な空気や雰囲気がそれを強調する。さらに本作中に描かれる特徴的な蝿の描写は、古代から画家としての技能・技量を示すアトリビュート的な意味を持っているほか、ラ・トゥールの画業との関連性も指摘されているフランドル絵画では儚さの象徴としても知られている。また本作最大の見所のひとつである明瞭で鮮やかな色彩の表現は、画家初期の作品群の中でも特に秀逸の出来栄えであり、目を見張るものがある。

関連:ベルグ市立美術館 『犬を連れたヴィエル弾き』
関連:フリリー美術館所蔵 『肩掛け袋を置いたヴィエル弾き』

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聖ヨセフの夢(聖ヨセフの前に現れる天使)
(Songe de saint Joséph, dit aussi Ange apparaissant à saint Joséph)
制作年不明 | 93×81cm | 油彩・画布 | ナント美術館

17世紀フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの再発見の端緒となった作品『聖ヨセフの夢』。1965年にドイツの美術史研究者ヘルマン・フォッスがおこなった、失名の画家による3枚の絵画の研究・鑑定によって、初めてジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作であると認定された、別名、『聖ヨセフの前に現れる天使』とも呼ばれる本作の主題については、再発見以来、聖マタイと天使説、聖ペトロと解放する天使説、師士サムエルと盲人エリ説など様々な説が唱えられるも、アトリビュートやイコノグラフ的解釈からいずれも否定され、現在では主イエスを聖胎する聖母マリアと結婚した聖ヨセフと、聖ヨセフの前に現れた天使とする説でほぼ断定された。本作の転寝する聖ヨセフの右手に添えられる天使の腕の奥で灯された、闇を照らす蝋燭の炎による光(逆光)の効果は絶大で、簡素かつ温順でありながら神秘性を強く感じさせるこの光の表現は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの極めて高度な技量を示す実直な写実描写によって、通常ならば観る者に抱かせる現実感を緩和させるだけでなく、夜の場面に相応しい静謐感や、宗教的主題の深い精神性を高める効果も生み出している。また本作中で最も光が強く当たる、聖ヨセフの前に現れた天使の顔は、どこか幼子イエスの面影を感じさせるほか、聖ヨセフとは異なり、蝋燭の炎に照らされ薄暗い闇の中で天使の身体がシルエット的に浮かび上がることによって、画面に描かれる身体のほぼ全面が深い影に支配されながらも、より存在感を増していることは特筆に値する。

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書物のあるマグダラのマリア (La Madeleine au Livre)
1630-1632年頃 | 78×101cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

フランス古典主義の巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作『書物のあるマグダラのマリア』。1980年代末(1888-89年)に存在が確認され、1992年に画家の作品として認定、公表された本作は、現存する作品中、最も多い主題である≪マグダラのマリア≫を描いた作品である(真作や残される模写などからラ・トゥールは少なくとも8点は、マグダラのマリアを主題とした作品を制作したと考えられている)。ワシントン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する『悔悛するマグダラのマリア(鏡のマグダラのマリア)』やルーヴル美術館に所蔵される『悔悛するマグダラのマリア(聖なる炎の前のマグダラのマリア)』などと比較してみてもわかるよう、本作は現存するマグダラのマリア作品の中で最も単純化されており、マグダラのマリアはほぼ全裸に近い状態で描かれているにもかかわらず、裸婦像の女性的官能性を全く感じさせないどころか、極力構成要素を排している分、ラ・トゥール独特の明暗対比の大きな蝋燭の光の表現が強調され、場面の神秘性や思想性が際立っている。また蝋燭の炎そのものや、それによって捲れあがる書籍の頁、マグダラのマリアが両手を添えるように持ち、対話しているかのような頭蓋骨の自然主義的な写実描写も特筆に値する出来栄えである。さらに近代〜現代絵画のような印象すら受ける、面と深い陰影が顕著な人物(マグダラのマリアの肢体)の形態描写も注目すべき点のひとつである。なお制作年代に関しては1630-1632年頃(一部では1630-1635年頃と位置付けている)としているものの、本作の細身の形態描写や単純化された人物の姿態などから晩年の作とする説も唱えられている。

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蚤をとる女(蚤を探す女)
(La Femme à la puce) 1635-38年頃と推測
117×87.5cm | 油彩・画布 | ロレーヌ博物館(ナンシー)

フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表作『蚤をとる女(蚤を探す女)』。本作に描かれる主題に関して、過去には≪妊娠した女が悔悛する姿≫や≪ロザリオを爪繰り祈る女≫、≪マグダラのマリア≫などと解釈する説が唱えられていたものの、現在では、(本作が描かれた17世紀頃、他の画家の作例も多数残る)比較的一般的な主題であった≪蚤とり(又は蚤をとる女)≫であるとの解釈で多くの研究者の意見は一致している。主題以外の要素が殆ど示されない簡素な構成ながら、静謐な場面展開と蝋燭の光と深い陰影、圧倒的な写実的描写による自然主義的表現などは特筆に値する出来栄えである。また赤みを帯びる色彩の類稀な調和性や、「若くもなく、老いてもいない、全裸でもなく、衣服を着るわけでもない」と美術研究家から論じられた独特のエロティックな女の表現も本作の大きな見所のひとつである。かつて17世紀オランダの宗教・肖像画家ホントホルスの作と考えられ、個人の所蔵であった1955年にジョルジュ・ド・ラ・トゥールへと帰属された後、ロレーヌ博物館が入手した来歴をもつ本作は画面寸法や構成などの類似から、画家の『妻に嘲笑されるヨブ』との関連性が指摘されているほか、制作年については様式的特長から1635-1638年頃と推測されている。

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悔悛するマグダラのマリア(ゆれる炎のあるマグダラのマリア) (Madeleine pénitente) 1635-1638年頃
118×90cm | 油彩・画布 | カウンティー美術館(L.A.)

フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの現存する作品の中で、最も多い主題のひとつ『悔悛するマグダラのマリア』。本作は繊細で丁寧な油彩描写や滑沢な絵肌などの特徴から、複数枚確認されているラ・トゥールが手がけたマグダラのマリア作品の中でも最初期に分類され、グラスでゆれる蝋燭の炎の神秘的な印象から、別名『ゆれる炎のあるマグダラのマリア』とも呼ばれている。ルーヴル美術館に所蔵される『悔悛するマグダラのマリア(聖なる炎の前のマグダラのマリア)』とほぼ同一の構図、構成である本作に描かれる主題≪悔悛するマグダラのマリア≫は、新約聖書ルカ福音書などに記される、主イエスの足下で泣き、己の涙で濡らした後、御足に接吻して香油を塗り、自らの髪でそれを拭ったとされる罪深き女で、しばしばマルタの妹でラザロの蘇生を目撃したマリア、悪霊憑きのマグダラの女と混同されているも、17世紀フランスでは最も好まれ描かれた主題のひとつであり、同時代に活躍したシモン・ヴーエを始めル・ナン三兄弟フィリップ・ド・シャンパーニュ、ル・ブランなど様々な古典主義時代のフランス人画家が手がけている。暗闇の中に灯される蝋燭の炎を見つめるマグダラのマリアの思想的な表情や、蝋燭の炎がつくり出す、マグダラのマリアの上半身前部と頭蓋骨、机上の書物の深く対比の大きい明暗は、このラ・トゥール独特の夜の情景の表現との相乗的な効果によって観る者により一層、神秘的で幻想的な印象を与えている。

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悔悛するマグダラのマリア(ふたつの炎の前のマグダラのマリア) 制作年不明 (Madeleine pénitente, dit aussi Madeleine Wrighesman ou Madeleine aux deux flammes)
油彩・画布 | メトロポリタン美術館(ニューヨーク)


フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの現存する作品の中で、最も多い主題のひとつ『悔悛するマグダラのマリア』。ふたつの炎の前のマグダラのマリア、またはメトロポリタン美術館に寄贈した所有者の名前シャルル・ラインツマン夫妻からライツマンのマグダラのマリアとも呼ばれる本作は、現存するラ・トゥール作品の中で、最も多く発見されている主題のひとつ≪悔悛するマグダラのマリア≫を描いた作品の中の一枚で、現存する同主題の作品と比較し、明らかに場面構成要素が世俗的であることが大きな特徴のひとつである。制作年代は様式的特徴への考察に対する意見の相違のため諸説唱えられており、現在は不明とされながらも、その出来栄えは特に秀逸とされ、暗闇の中、蝋燭と鏡に映り込むのふたつの炎による明暗対比の大きい光によって、悔悛するマグダラのマリアが照らされ闇の中に浮かび上がり、ラ・トゥール独特の作品世界をつくり出している。また本作のマグダラのマリアのやや世俗的な表情や豪華な鍍金装飾が施された鏡、そして鏡の前に置かれる真珠の飾り物などは、マグダラのマリアが現世を想い、表面的な改悛にしか至っていないことを示しており、他の現存する作品の深い精神性と宗教性に富んだ場面表現とは異なっているほか、作品の構成要素においても、形状に単純化が認められており、その点でも本主題を描いた作品の中で、最も注目すべき作品のひとつに数えられる。

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悔悛するマグダラのマリア(鏡のマグダラのマリア)
(Madeleine pénitente, dit aussi Madeleine Fabius)
113×93cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの現存する作品の中で、最も多い主題のひとつ『悔悛するマグダラのマリア』。鏡のマグダラのマリア、ファビュスのマグダラのマリアとも呼ばれる本作に描かれるのは新約聖書ルカ福音書などに記された、主イエスの足下で泣き己の涙で濡らした後、主の御足に接吻して香油を塗り、自らの髪でそれを拭ったとされる罪深き女で、しばしばマルタの妹でラザロの蘇生を目撃したマリア、悪霊憑きのマグダラの女と混同されている≪マグダラのマリア≫が己の罪を悔い改める姿である。本作において、右手で頬杖をつくマグダラのマリアは揺らめく蝋燭の炎(又はその先の鏡か鏡に映るもの)を一心に見つめながら、蝋燭の手前の厚い書籍の上に置かれる頭蓋骨(マグダラのマリアのアトリビュートのひとつ)に左手をかざしている。マグダラのマリアの憂いとも悲観とも改悛とも解釈できる独特の表情を浮かべており、特に蝋燭の炎に照らされる瞳の中で微かに輝く一点の鈍光は、本作を観る者にも深い精神性と瞑想性を感じさせる。また表現手法においてもラ・トゥール独特の闇と影で支配された世界観の中に灯される暖かで神秘的な光の表現や、滑らかな写実的描写を見せながらも深く陰影が落ちる部分を大胆に平面化する独自の様式など注目すべき点は多い。なおフランスのナンシーにある「ロレーヌ美術館」や、ブザンソンの「時の博物館」などに本作の上半身のみを描いた模写が残されている。

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悔悛するマグダラのマリア(聖なる炎の前のマグダラのマリア) 1642-1644年頃 (Madeleine pénitente, dite Madeleine Terff ou Madeleine à la veilleuse)
128×94cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの現存する作品の中で、最も多い主題のひとつ『悔悛するマグダラのマリア』。常夜灯のあるマグダラのマリア、又かつて所蔵していた人物カミーユ・テルフの名から『テルフのマグダラのマリア』とも呼ばれる本作に描かれるのは、主イエスの足下で泣き、己の涙で濡らした後、御足に接吻して香油を塗り、自らの髪でそれを拭ったとされる罪深き女で、しばしばマルタの妹でラザロの蘇生を目撃したマリア、悪霊憑きのマグダラの女と混同されている≪マグダラのマリア≫で、カウンティー美術館(L.A.)に所蔵される『悔悛するマグダラのマリア(ゆれる炎のあるマグダラのマリア)』とほぼ同一の構図、構成で手がけられているのが最も注目すべき点のひとつである。カウンティー美術館版が現存する複数の悔悛するマグダラのマリア作品の中でも最初期に描かれるとされるのに対し、様式的特徴から本作は最後期に制作されたと推測されており、特に灯される蝋燭が照らす全体的な光の表現は前者のように明確かつ対比の大きい明暗の描写から、精神的な熟成を感じさせる柔らかで深淵な光の描写へと変化を見せている。またマグダラのマリアの、己の罪を悔い改める改悛に満ちた瞳の表情や憂いを帯びた表情は、本作に観る者を強く惹きつける重要な役割を果たしている。

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聖トマス(槍を持った聖人) 1632-35年頃と推測
(Saint Thomas, dit aussi Saint à la pique)
71×56cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的な単身聖人像作品のひとつ『聖トマス(槍を持った聖人)』。本作に描かれる聖人は、「ディディモ(双子を意味する)」とも呼ばれた主イエス十二使徒の中のひとりで、復活した主イエスの姿を自身の目で見るまで信じないと主の復活に懐疑心を抱いた逸話「不信のトマス」でも知られる≪聖トマス≫である。主の昇天後の聖トマスの生涯については、インドへと渡り同地で福音を伝えたとの記録(言行録)が残されるも、その信憑性などを巡って古くから議論が続けられている。本作の制作年代に関しては諸説唱えられているものの、表現的・様式的特徴から1632-35年頃とするのが一般的である。画面中央でやや斜めに構える聖トマスは革製の衣服と青衣を身に着け、右手には槍を、左手には書物を持っている。その表情や様子はラ・トゥールの大きな特徴である実直な自然主義的写実性によって聖トマスの内面的な性格を映したかのように、落ち着きと穏静に満ちている。背景には他のラ・トゥールの作品同様、何も描かれていないものの、画面の左右で、強い光がつくりだす非常に大きな明暗対比が観る者に(聖人が醸し出すような)独特な緊張感や精神性を抱かせる。なお、おそらくラ・トゥールの画業の初期頃(1615-25年頃?)に連作として制作された『アルビのキリストと十二使徒(現存する真作数は5点)』の中で手がけられた『聖トマス』像が東京の国立西洋美術館に所蔵されている。

関連:『聖トマス(連作:アルビのキリストと十二使徒)』

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いかさま師 (クラブのAを持った)
(Tricheur (à l'as de trèfle)) 1632-1635年頃
96×155cm | 油彩・画布 | キンベル美術館(フォート・ワース)

20世紀初頭まで忘失されていた古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール屈指の傑作『いかさま師(クラブのAを持った)』。ラ・トゥールの作品は静謐で精神性の高い夜中を思わせる宗教画が主体であったが、このような風俗画でも、卓越した観察眼でいかさまを行なおうとする男の劇的な瞬間を捉えた類稀な作品を描いている。イタリア・バロックの大画家カラヴァッジョが最初に描いたとされている本主題≪いかさま師≫は、当時の道徳論で三大誘惑とされた「遊興」「酒」「淫蕩」を戒める意味を持つと考えられている。また豪華ながら、どこか艶やかさで世俗的な身なりやテーブルに積まれた金貨から、中央の横目の女性はカードゲームに興じる高級娼婦であることが伺え、この娼婦に象徴される不審的な雰囲気は本作の大きな見所のひとつである。道徳画でもあった本作は、遊興に溺れると騙されることを観る者に訴えている作品として解釈できるものの、今まさに、いかさまを行なわんとする男の視線は本作を観者を向き、観る者にこの行為に対する罪悪感や嫌悪感、そして傍観することである種の興奮的な感情を抱かせる。なお本作より数年の後に、同主題、同構図でダイヤのAに掏りかえる(又は掏りかえた)瞬間を描いた『いかさま師(ダイヤのAを持った)』を描いており、現在はルーヴル美術館が所蔵している。

関連:カラヴァッジョ作 『いかさま師』
関連:1635-1638年頃 『いかさま師(ダイヤのAを持った)』

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いかさま師 (ダイヤのAを持った)
(Tricheur (à l'as de carreau)) 1635-1638年頃
106×146cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

古典主義の巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの最も著名な作品のひとつ『いかさま師(ダイヤのAを持った)』。本作に描かれる主題は、巨匠カラヴァッジョが最初に描いたとされる『いかさま師』であり、おそらく『いかさま師(クラブのAを持った)』の数年後に同主題、同構図で本作を描いたと推測される。しかし制作年については1635-1638年頃とする説のほか、1632-35年頃とする説など研究者によって意見や見解が異なり、現在も議論が続いている。本作と『いかさま師(クラブのAを持った)』との決定的に異なる点は題名となっている、いかさま師が手にするトランプのマークであるが、その他の部分の違いや構図的な差異も確認されている。いかさま師はトランプのマークの他に衣服に下がる飾り紐が、中央の横目の高級娼婦は首飾りや左手の角度やテーブルに置かれる金貨の数が、ワイン瓶を手にする給仕の女は衣服の色(トランプのマークとの対称性を思わせる)が、騙される若い男は衣服の丈や袖の色が異なるほか、『いかさま師(クラブのAを持った)』と比べ、高級娼婦が給仕の女に近く配置され、騙される若い男がより孤立化している印象を観る者に与えている。また中央の高級娼婦の面持ちが若干ふくよかに表現される反面、眉の描写がより鋭角的である為、不審的で騙詐的な表情が一層強調されていることも、本作の重要な点のひとつである。

関連:カラヴァッジョ作 『いかさま師』
関連:1632-1635年頃 『いかさま師(クラブのAを持った)』

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女占い師 (Diseuse de bonne aventure) 1636-1639年頃
102×123cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表作『女占い師』。本作に描かれるのは、白帽子を被った老婆の女占い師が若い男を占う風俗的主題で、この主題はバロック絵画の巨匠カラヴァッジョを始めとし、数多くの画家が手がけている。この白帽子を被った老婆がコインを用いて若い男の未来を占っているが、若い男の周りではジプシー女たちが男の持ち物を窃盗している。老婆と男の間のジプシー女は、男の顔色を窺いながら手元では男が身に着ける金鎖を切っており、また男の背後のジプシー女らは、今まさに男の財布を盗まんと手を伸ばしている。本作では登場人物の全てがほぼ垂直に配され、対象の形体や筆触にやや発達途上な部分が見られるものの、高度な写実描写による浮き彫り的な力強い表現は、観る者を圧倒するだけでなく、本場面へと誘うかのように強く惹きつける。ラ・トゥールの作品としては例外的な昼の情景が描かれている点や、登場人物が纏う衣服などの時代考証が合わない点、他に類似のない署名などから過去には真贋が幾度も問われてきたものの、現在では真作であるとする説でほぼ占められる本作は、その来歴も不明な点が多く、1949年に本作を狙っていたルーヴル美術館が取得できず、画商ウィルデンスタインが取得し国外へ持ち出した為、その許可を与えた当時の文化相アンドレ・マルローが下院議会で、釈明しなければならない事態へと発展した。なお本作はおそらくは騙される若い男を中心として描かれたものであり、後年、どこかの時代で左側部分が約30センチ前後切断されたと推測されているほか、上部を約6センチ程加筆されていることが判明している。

関連:カラヴァッジョ作 『女占い師(ジプシー女)』

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大工の聖ヨセフ (Saint Joséph charpentier) 1640年頃
137×102cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的作品のひとつ『大工の聖ヨセフ』。詳しい制作の意図や目的、依頼主などは不明であるも、英国の画商バーレー・ムーア・ターナーによって英国内で発見された後、1948年にルーヴル美術館へ寄贈された本作は、新約聖書に記される聖母マリアと結婚した神の子イエスの義父≪大工の聖ヨセフ≫を主題に描かれた作品で、対抗宗教改革時にフランシスコ会を中心におこった聖ヨセフ信仰によって大変尊重された主題のひとつとして、当時は広く流布していた。画面全体を包み込む蝋燭の光によって本場面を観る者に、より静謐で神秘的な印象を与える本作では、聖ヨセフは後の受難者イエスが背負いゴルゴダの丘を歩むことになる十字架の象徴とされる厚い角材に、両手持ちの錐(キリ)を用い穴を開ける大工作業をおこないながらも、その視線はイエスの方を向いている。その傍らでは幼子イエスが蝋燭を手に、義父聖ヨセフの仕事を晧々と照らしており、互いの深い精神的な繋がりが表現されている。また本作の聖ヨセフに示される≪老い≫や≪写実的描写≫や≪経験≫、イエスに示される≪若さ≫や≪様式的描写≫や≪修学≫など明確な対照性も注目に値する。本作で観る者の興味を最も惹きつけるのは、イエスが蝋燭にかざしている左手から透ける光の表現にある。画家の作品においては、(しばしば登場する)蝋燭とその光が重要なモティーフであることは疑いないが、本作のそれは比類なき圧倒的な表現力と極めて高度な描写によって描かれており、画家の作品の中でも特に秀逸の出来栄えと存在感を示している。なお制作年に関しては諸説唱えられているものの、画面全体の統一感のある落ち着いた光の表現や褐色を多用した色調から現在では多くの研究者が1640年頃(又は1640年代初頭)に手がけられたと位置付けている。

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羊飼いの礼拝 (Adoration des bergers) 1644-47年頃
107×137cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール1640年代の代表的作品のひとつ『羊飼いの礼拝』。本作に描かれる主題は新約聖書ルカ福音書 第2章15-20に記される、神の子イエスを宿す聖なる器として父なる神より選定され、大天使ガブリエルから聖胎したことを告げられた聖母マリアがベツレヘムの厩で神の子イエスを産んだ後、未来のユダヤの王である神の子イエスの降誕を大天使によって告げられた羊飼いたちがベツレヘムの厩へ赴き、その未来の王たる神の子イエスの降誕を礼拝する場面≪羊飼いの礼拝≫で、様式的特徴から多くの研究者は晩年期の作品としている。当初はヘリット・ファン・ホントホルストの作とされていたものの、1926年にジョルジュ・ド・ラ・トゥール研究の第一人者であるヘリット・フォッスによってラ・トゥールの作と認定されたほか、ルーヴル美術館に入った画家の最初の作品としても知られる本作では画面中央やや下部分に降誕した神の子イエスが、左右に聖母マリアとマリアの夫で神の子イエスの義父である聖ヨセフが、中心に羊飼いら3人が配されている。本作は『ラ・ノッテ(夜)』とも呼ばれる16世紀エミリア派の大画家コレッジョの『羊飼いの礼拝』に代表されるよう、神の子イエスの降誕を夜の情景の中に描いた作品であるが、最も特徴的なのは多くのラ・トゥール作品に共通する蝋燭の炎によるスポット的な光の描写にある。厩の中で安らかに眠る神の子イエスに集中して当てられる蝋燭の炎は煌々と眩い光を放ちながらイエスを柔らかく包み込むように降誕したばかりの幼子を照らしている。画面右では老聖ヨセフが左手で蝋燭の光を遮り、画面左では聖母マリアが祈りを捧げるような仕草を見せている。神の子イエスに当てられる鮮明な光とは異なる、聖母マリアや聖ヨセフ、羊飼いたち登場人物のほか、闇夜全体を包み込むような薄明かりの表現もまた、本作の大きな見所のひとつである。

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聖イレネに介抱される聖セバスティアヌス 1649年末頃
(Saint Sébastien soigné par Irène (à la torche))
167×130cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フランス古典主義の画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表的な宗教画作品『聖イレネに介抱される聖セバスティアヌス』。「松明のある聖セバスティアヌス」、又は「聖セバスティアヌスの死を嘆く聖イレネ」とも呼ばれる本作に描かれるのは、ガリアのナルボンヌ出身のディオクレティアヌス帝付近衛兵(ローマ軍人)であったものの、殉教者らに声をかけられたことからキリスト教徒であることが発覚し、杭に縛られ無数の矢を射られて、瀕死の状態に陥った伝説的な聖人≪聖セバスティアヌス≫を、聖イレネが看病しその傷を癒したとされる≪聖イレネに介抱される聖セバスティアヌス≫の場面で、おそらく本来はリール修道院の祭壇画であったと考えられている。発見時は工房もしくは模写とされていた評価も、その後のX線の調査によって多数の修正跡が判明したことから、今日ではラ・トゥールの真作であると結論付けられている本作は、場面が屋外であることが確定している(画家の)唯一の現存する作品であり、その点でも非常に重要な作品と言える。右手で松明を持ち、地面に横たわる(胸腹部に矢の刺さる)聖セバスティアヌスの手をとり様子を窺う聖イレネは、松明の光によって闇の中で最も強い光に照らされている。これまで幾多の画家らが度々描いてきた、カトリックでは最も人気のあった聖人のひとりである聖セバスティアヌスは、柔らかい松明の光の加減とそこに落ちる深い陰によって全身が土気色で表現されているほか、聖イレネの背後の女性らは、(聖イレネの衣服同様)本作の中で最も色彩を感じさせる鮮やかな長頭巾を身に着けている。残念ながら長い間劣悪な状況下に措かれていたため、画面の剥落など著しい損傷が認められる本作ではあるが、本場面に宿る聖イレネの深い慈愛や精神性、やがで回復する聖セバスティアヌスの深い聖性などは、静謐な場面描写と共に本作の最も大きな見所のひとつである。なお本場面から聖イレネは看護婦の守護聖人となった。

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聖ペテロの悔悟(聖ペテロの涙) 1645年
(Saint Pierre repentant, dit aussi Larmes de saint Pierre)
114×95cm | 油彩・画布 | クリーグランド美術館

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール後期の代表的作品のひとつ『聖ペテロの悔悟(聖ペテロの涙)』。画家の作品中、唯一年記が記されていることから、ラ・トゥール作品の様式やその制作年代を考察する基準的作品となっている本作に描かれる主題は、新約聖書マルコ福音書 14:66-72に記された、最後の晩餐時、「鶏が三度鳴く前に私を知らぬと否定するだろう。」と予言した主イエスが捕縛され、カイアファの前に引き出すために大司祭の中庭を通るのを近くで見ていた聖ペテロが女中から「イエスの弟子だ」と疑われ、思わず三度否定したが、その時、鶏が二度鳴き、主イエスの予言を思い出して、悔悟し泣き出す場面≪聖ペテロの悔悟≫である。聖ペテロの頭上、そして足元のランプと二つの光源が認められるという、ラ・トゥール作品の中でも様式的特徴で例外的な作品とされる本作は≪聖ペテロの悔悟≫のアトリビュートである鶏や、裏切りの象徴と推測される画面左上の木蔦の枝など、光源以外にも画家としては珍しい動物や植物も描き込まれている。しかし静謐な場面の中で描かれる聖ペテロの深い心理的な感情表現、自然主義的技法に基づく高度な写実性、微妙に変化する繊細に仕上げられた色彩など画家の様式化が示されるだけではなく、ラ・トゥール独特の豊かな表現や卓越した技法が随所に感じられる。なお残される版画や模写作品などからラ・トゥールは聖ペテロを主題とした作品を複数枚手がけていることが知られているが、その殆どが現在までに消失している。

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生誕(新生児、又はキリストの降誕)
(Nouveau-né) 1648-51年頃(又は1645-48年頃と推測)
76×91cm | 油彩・画布 | レンヌ美術館(ブルターニュ)

フランス古典主義を代表する巨匠ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの随一の代表作『生誕』。新生児、又はキリストの降誕とも呼ばれる本作は、かつてラ・トゥールと同時代に活躍した画家兄弟ル・ナン三兄弟や17世紀フランスの版画家ジャック・カロの作と考えられていたものの、ラ・トゥールを再発見したH・フォッス(ヘルマン・フォッス)によって画家の作として帰属された作品で、19世紀以降、哲学者・批評家として高名なフランスのイポリット・テーヌを始めとした人々に特に称賛された古典作品としても広く知られている。本作が制作された時期については、表現様式的特徴から多くの研究者は1648年以降から1651年頃までと推測しているも、一部の研究者はそれより少し遡る1645-48年頃の制作と指摘している。本作は新約聖書ルカ福音書 第2章1-20などに記される、聖なる器として聖選された聖母マリアがベツレヘムの厩で神の子イエスを産んだ場面≪生誕(キリストの降誕)≫を主題とした作品で、画家の大きな特徴である蝋燭の光による静謐な場面描写や光彩表現、極めて精神性の高い人物の心理表現、古典様式を踏襲した立体派的人物構成など画家の類稀な力量が大いに発揮されたラ・トゥール屈指の傑作としても名高い。また滑らかで繊細な油彩の質感や筆触など描写様式的にも、大半の研究者が本作が制作されたと推測されている1645-51年頃の画家の描写的特徴の一致が見られることなども注目すべき点のひとつである。

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Work figure (作品図)

◆聖小ヤコブ(連作:アルビのキリストと十二使徒)
初期頃 | 油彩・画布 | 65×54cm | 市立トゥールーズ=ロートレック美術館(アルビ)

◆聖ユダ・タダイ(連作:アルビのキリストと十二使徒)
初期頃 | 油彩・画布 | 62×51cm | 市立トゥールーズ=ロートレック美術館(アルビ)

◆聖アンデレ(連作:アルビのキリストと十二使徒)
1620-25年 | 油彩・画布 | 62.2×50.2cm | ヒューストン美術館

聖ピリポ(連作:アルビのキリストと十二使徒)
初期頃 | 油彩・画布 | 63×52cm | ヒューストン美術館

聖トマス(連作:アルビのキリストと十二使徒)
初期頃 | 油彩・画布 | 65×54cm | 国立西洋美術館(東京)
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