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Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像

コレッジョ Correggio
1489-1534 | イタリア | マニエリスム エミリア派

ルネサンス期マニエリスム期にパルマ・モデナ・ボローニャ・ラヴェンナ・リミニなどのエミリア・ロマーニャ地方で活躍した画家をエミリア派と総称し、その代表的な画家。本名はアントニオ・アッレグリ(Antonio Allegri)であるが、生まれた土地がコレッジョ(Correggio)であった為に、そう呼称されるようになった。母ベルナルディーナ・ピアッツァーリ・デリ・アロマーニと織物商人であった父ペレグリーノ・デ・アレグリスの間に生を受け、ジェロラマ・メルリーニと結婚の後、妻が亡くなる10年の間に4人の子供を授かり、1534年3月5日、パルマからの帰郷の途中、激しい熱に襲われ命を落としたとヴァザーリは記し、また大変内気な性質で、扶養すべき家族のために休みなく働き続け、そのために苦労を重ねることとなったと伝えられている。コレッジョの画跡は、1518年頃からイタリアのパルマに活動拠点を置き、下方から主対象を見上げた構図(ソット・イン・スー)の使用や、短縮法で人物を描くなどマニエリスム的な作品を制作するが、初期ルネサンスを代表する画家マンテーニャや、レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロラファエロなど盛期ルネサンスの巨匠のほか、ジョルジョーネティツィアーノなどヴェネツィア派、ベッカフーミなどから影響を受けたこと以外、その様式形成は不明である。またコレッジョの作品は、深い明暗対比で描かれる光の効果など、随所で後に続くことになるバロック絵画を予感させた。


Work figure (作品図)
Description of a work (作品の解説)
【全体図】
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聖母子と智天使(聖母子と奏楽天使) 1508-1510年頃
(Madonna col Banbino, due angeli e cherubini)
20×16cm | Oil on panel | フィレンツェ, ウフィツィ美術館

コレッジョ最初期に分類される20点あまりの作品のひとつ『聖母子と智天使(聖母子と奏楽天使)』。金色の光と雲に包まれる聖母子を中心に楽器を奏でる二天使が姿を現す構図を取っている本作は、ヴェネツィア派を思わせる光影の表現から、今世紀の初めまでティツィアーノの作品とされてきた。また本作は確かな典拠や資料を欠いているが、同時期に描かれたとされる一連の作品群との密接な関係性から、画家が18歳〜20歳の頃に描いたものとされ、マンテーニャジョルジョーネの影響を受けていたコレッジョ初期の作風がよく示されている。イエスを静かに見つめた母性を感じさせる聖母マリアの表現も特筆すべき点であるが、聖母の胸の上で結ばれるヴェールの薄く透明で繊細な質感と、さらにその上から覆われる濃紺のマントの対比的な表現が見事である。また画面右部分で楽器を奏でる智天使は、神学者たちによって分けられた天使九階級の中で、第二階級(上級三隊)の位置に在し、ヘブライ語源では「知識」や「仲裁する者」を意味する智天使(ケルビム)。また旧約聖書の創世記にはエデンの園の東の入り口を、炎の剣を持ち守るとされ、神の姿を見ることができる存在とされる。

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キリストの降誕と聖エリサベツと幼児聖ヨハネ 1512年頃
(Nativita con i santi Elisabetta e Giovannino)
77×99cm | Oil on panel | ミラノ, ブレラ美術館

クレスピ・コレクションの旧蔵で、現在はミラノのブレラ美術館が所蔵するコレッジョ初期の作品『キリストの降誕と聖エリサベツと幼児聖ヨハネ』。大地に簡素なシーツを敷き、その上に寝かせられる生まれたばかりの幼きイエスと、傍らで我が子を見つめる、敬虔な聖母マリアを中心に、左には従姉であり、洗礼者聖ヨハネの母でもある聖エリサベツと、その胸に抱かれる幼き洗礼者の姿を、右には聖母マリアの夫である聖ヨセフを配した構図を取る本作は、若きコレッジョの特徴である、マンテーニャドッソ・ドッシレオナルド・ダ・ヴィンチの影響が認められている。静寂な大地に抱かれる救世主の幼き姿は、世界の絶対者であることを示しているほか、我が子を傍らで見つめる、敬虔な聖母マリアの身にまとった真紅の衣服がレオナルド・ダ・ヴィンチの影響と考えられる夕闇に沈む黄昏の背景の中で、際立つ存在感を示している。

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聖フランチェスコの聖母 1514-1515年
(Madonna del san Francesco)
299×245cm | Oil on panel | ドレスデン国立絵画館

エミリア派の巨匠コレッジョの記録として残されている最も初期の作品『聖母子と幼児聖ヨハネ』。別名『聖母子とパドヴァの聖アントニウス、聖フランチェスコ、アレクサンドリアの聖女カタリナおよび洗礼者聖ヨハネ』としても有名な本作は、コレッジョ市のサン・フランチェスコ聖堂の主祭壇画として制作されたもので、記録上1514年に契約、翌1515年4月4日に代金100ドゥーカディを受領したとされている。玉座に鎮座する聖母子像を中心に、左にパドヴァの聖アントニウス、聖フランチェスコを、右に聖女カタリナ、洗礼者聖ヨハネなどの諸聖人を配する構図は、典型的な≪聖会話≫の構図であるが、若かりし画家の卓越した技量を、現在も色褪せず当時のままに感じることができる。

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聖母子と幼児聖ヨハネ 1516年頃
(Madonna con il Bambino e san Giovannino)
48×37cm | Oil on panel | マドリッド, プラド美術館

世界有数の作品が数多く揃うマドリッドのプラド美術館が所蔵するエリザベッタ・ファルネーゼ・コレクション由来の名作『聖母子と幼児聖ヨハネ』。コレッジョ初期の代表作でもある本作は、聖母マリアと幼子イエスという極めて古典的な聖母子像に幼児の姿をした洗礼者聖ヨハネを描く、ルネサンス期よりの典型図とされてきた構図であるが、洞窟の入り口から深く射し込む光の中に浮かび上がる登場人物や前景の植物、聖母マリアのやわらかい表情などから、巌窟の聖母を始めとするレオナルド・ダ・ヴィンチの影響が随所に見られる。しかし暗い洞窟内に鎮座する聖母の象徴でもある青い衣服に身を包んだ聖母マリアのやわらかく編まれた髪や、幼さ、甘美さをも感じさせる表情は、後にコレッジョの最も得意とする独自の表現方法ともなった。ルネサンスを境に、聖母子像が描かれる場合は、厳格な神々しさは消え、幼子や聖母が持つ純真さや柔らかさが表現されるようになり、本作はそれを理解する上で、最も優れた作品のひとつでもある。

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エジプトへの逃避途上の休息、聖フランチェスコ
(Riposo durante la fuga in Egitto, con san Francesco)
1517-19以降 | 129×106cm | 油彩・画布 | ウフィツィ美術館

コレッジョ市のサン・フェランチェスコ聖堂ムリーナ礼拝堂のために描かれた、若き画家の新たな表現が示される作品『エジプトへの逃避途上の休息、聖フランチェスコ』。それまでレオナルド・ダ・ヴィンチなどから受けていた古典様式の影響のほか、アンドレア・デル・サルトなど初期マニエリスムの画家に見られる影響も確認されている本作の主題は、ベツレヘムに生まれたイエスの影響を恐れ、同地の全ての新生児の殺害を企てユダヤの王ヘロデが放った兵士から逃れるために、イエス一家(聖ヨセフ、聖母マリア、幼児イエス)がエジプトへ逃避する場面を描く≪エジプトへの逃避途上の休息≫で、そこに聖フランチェスコが新たな登場人物として加えられている。画面左の聖ヨセフから、画面右の聖フランチェスコへと至るダイナミックな画面構成や人物の動作、前景に描かれる静物画的要素はマニエリスムの大きな特徴のひとつである。

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聖母子(カンポリの聖母) 1517-1518年頃
(Madonna col Bambino (Madonna Campoli))
58×45cm | Oil on canvas | モデナ, エステ美術館

名家カンポリ家が1894年まで所有していたことから≪カンポリの聖母≫と呼ばれているコレッジョ屈指の聖母子画『聖母子』。スフマート(ぼかし技法)など、これまでの作品同様レオナルド・ダ・ヴィンチの影響も見られるほか、聖母マリアと幼児イエスの丸みを帯びた柔らかい表現や、色調の優雅さなど、ラファエロから受けたであろう表現の影響も確認されている本作は、コレッジョ初期の作品との分岐的な位置を示し、この後、画家の豊かな表現手法や情緒的感性が開花し始める。バラ色に輝く聖母の頬などの柔らかく色調豊かな表現は、ラファエロの影響と思われ、コレッジョ作品の大きな特徴となり、同年代の者はもとより、数百年経つ現在も高い評価を得ている。肉体的な表現は、それまでの作品と比べ硬質的な細密描写が消え、随分と丸みを帯び始めた他、自然な曲線や稜線のぼかし、反射する光の輝きが増しているのも特筆に値する。

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東方三博士の礼拝 (Adorazione dei Magi) 1518年頃
84×108cm | Oil on canvas | ミラノ, ブレラ美術館

コレッジョ20代半ばの作品とされる『東方三博士の礼拝』。マンレィーニャ、ジョルジョーネら先人の影響を感じさせる本作の主題は、未来の王となるイエスの降誕に際し、欧州、アジア、アフリカの三博士が星に導かれ、幼子イエスを訪れて礼拝した場面を描く、典型的な≪東方三博士の礼拝≫であるが、『聖母子(カンポリの聖母)』からみられる、硬質的な細密から自然で丸みを帯び始める質感緩やかな稜線のぼかし、反射する光の輝きなど随所にコレッジョらしい表現が見られる。聖母を始め、登場人物の自然な動きや仕草、視線などの微妙な表現は、この頃の作品を中心に鮮やかな進化を遂げた。本作のジョルジョーネヴェネツィア派を思わせる豊かな色彩はコレッジョの大きな特徴のひとつである。

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聖カタリナの神秘の結婚 1518年頃
(Nozze mistiche di santa Caterina)
28×24cm | 油彩・板 | ナポリ, カポディモンテ国立美術館

シエナ派を代表する画家であったベッカフーミの影響が認められる、コレッジョ宗教画の名作『聖カタリナの神秘の結婚』。聖フランチェスコ同様、聖痕を受けたとされる4世紀の聖女カタリナが、幼きイエスに婚姻の指輪を与えられる場面を描いた≪聖カタリナの神秘の結婚≫を主題とし、ベッカフーミの輝く色彩によって表現される濃厚な明暗や、左右の非対称性に代表される複雑に入り組んだ構図を受け入れ解釈しつつも、コレッジョの洗練された感覚によって独自の特徴も示している。≪聖カタリナの神秘の結婚≫とは、カタリナが聖母マリアに抱かれた幼き姿のイエスに婚姻の指輪を与えられる場面を指し、カタリナとイエスの精神的な深いつながりを示し、ルネサンス以降はよく描かれた主題である。また本作にはイエスとの婚姻的体験を持つとされる4世紀の聖女、アレクサンドリアのカタリナが描かれているがシエナでは、アレクサンドリアのカタリナと同様に、イエスとの婚姻的体験を持つとされるシエナ出身で守護聖人でもある聖カタリナ(1347-1378)がよく描かれ、その姿は修道女のいでたちで、手には十字架と百合を持ち、悪魔を踏みつけている。

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ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな) (Noli me tangere)
1518-1524年頃 | 130×103cm | 油彩・板 | プラド美術館

コレッジョの手がけた宗教画の中でも、特に美しいとされる代表作『ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)』。ヴァザーリの記録によればボローニャのエルコラーニ家が旧蔵し、プラド美術館に収蔵されることになった本作は、ヨハネ福音書に記される教義≪ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)≫を描いたものであるが、非常に美しい情景に栄える復活したイエスの神々しい姿と、それまで嘆き悲しみに暮れていたマグダラのマリアの、奇跡を目前にした驚きと喜びの複雑な表情が、見事な色彩によって表現されるもので、ティツィアーノを始めとするヴェネツィア派や、レオナルド・ダ・ヴィンチの影響と研究されている。教義≪ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)≫はヨハネ福音書に記されるもので、イエスの墓の前で嘆き悲しみに暮れていたマグダラのマリアの前に復活したイエスが現れ、マリアがイエスに近づくが、「我に触るな。我はまだ父の御許しを得てはいない」と、マリアを拒諭し、身をかわす一場面を指す。この≪ノリ・メ・タンゲレ(我に触れるな)≫は、ティツィアーノなど数多くの画家達が描いてきた主題であるが、コレッジョの手がけた本作は、同主題を描く作品の中でも白眉の部類に入る出来栄えを示している。

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十字架降下 (Deposizione) 1524-26年頃
160×186cm | Oil on canvas | パルマ国立美術館

画家コレッジョが、そのマニエリスム的である大胆な構図と色彩による構成性が際立つ代表作『十字架降下』。対画的作品の≪四聖人の殉教≫と共に、パルマのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂デル・ボーノ礼拝堂のために描かれ、現在はパルマ国立美術館が所蔵する本作の主題は、作品の題名ともなっている≪十字架降下≫で、エルサレム郊外のゴルゴタの丘で、二人の盗人とともに、磔刑にされたイエスの亡骸を聖母マリアを始めとしたイエスの信者たちが降ろす場面を描いている。決定的な死を感じさせるイエスの表情と、場面の悲劇性を存分に感じさせる構図や表現力は圧巻である。肉体だけではなく、完全な精神の終焉を意味する、血の気の無い、無表情なイエスの表情は、見る者へ場面の悲劇性を、より感じさせている。聖母マリアは姉であるマルタに支えられるも、イエスの亡骸を胸に抱いた瞬間、倒れ込んだ様子が、よく表現されている。また本作には左からクロパの妻マリア、聖母の姉であるマルタ、聖母マリア、後方の梯子にアリマタヤのヨセフ、イエスの亡骸、マグダラのマリアが描かれる。

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四聖人の殉教 (Martiri del quattro santi) 1524-26年頃
160×186cm | 油彩・画布 | パルマ国立美術館

聖プラキドゥス、聖女フラヴィア、聖エウティキウス、聖ウィクトリヌスの殉教を描いた作品『四聖人の殉教』。対画的作品の≪十字架降下≫と共に、パルマのサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂デル・ボーノ礼拝堂のために描かれ、現在はパルマ国立美術館が所蔵する本作の大きな見所は、ローマ兵によって剣で貫かれる聖女フラヴィア・ドミティッラの劇的な瞬間を捉えた洞察描写と、隣で悲観し天を仰ぐ10世紀アレキサンドリアの聖人エウティキウスを始めとする諸聖人の感情表現である。画家の得意としたヴェネツィア派を思わせる多様な色彩と、バロック絵画にも通じるドラマティックな構図によって示されるそれらは、成熟期に差し掛かったコレッジョの特徴がよく表れている。青と黄の鮮やかな衣を身に纏った聖女フラヴィアを始めとする登場人物は、躍動感とリアリティに溢れ、作品の中で圧倒的な存在感を示している。本作は聖プラキドゥス、聖女フラヴィア、聖エウティキウス、聖ウィクトリヌスの四聖人から構成され、中でも剣で貫かれる聖女フラヴィアは、悲劇的かつドラマティックなその瞬間を表情と仕草によって示している。

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幼児イエスを礼拝する聖母 1524-1526年頃
(Madonna in adorazione del Banbino)
81×67cm | Oil on canvas | フィレンツェ, ウフィツィ美術館

ウフィツィ美術館が所蔵する、コレッジョの代表的な作品のひとつ『幼児イエスを礼拝する聖母』。1524年から1526年にかけて制作されたとされている本作は、ラファエロジョルジョーネらの影響を思わせる静寂した風景を背景に、荒廃した屋舎で藁の上に寝かせられる幼子イエスを、慈しむかのように礼拝する身振りを見せる聖母マリアの詩情的な表現が、画家の成熟を存分に感じさせる。また本作は1617年、モデナ公フランチェスコ1世からコジモ・デ・メディチ2世に贈られ、有名なトリブーナ(ウフィツィ美術館の中枢。当時の最も貴重なコレクションが収められた特別室)に展示された。幼子イエスの神々しい生命力を前に恍惚としながらも、母性や慈しみを感じさせる礼拝の身振りを見せる聖母マリアの存在は、静寂した背景との対比的効果もあり、作品において、より詩情性を生むものとなった。また本作の最も大きな見所のひとつに、感情的表現と構造的表現の絶妙なバランスが挙げられる。流麗で伸びやかな線や色彩によって表現される感情的思想と、寂静ながら安定を感じさせる構造的効果はこの後、画家の最も得意とする作風となってゆく。

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授乳の聖母 (Madonna del latte) 1524-1526年頃
8.5×57cm | Oil on panel | ブダペスト国立美術館

聖母マリアが幼きイエスに授乳をおこなう場面を描いた、あまりみられない構図である本作『授乳の聖母』。ラファエロの聖母子画を彷彿とさせる、穏やかで愛情に満ちた聖母の表情や仕草によって母性の気高さを存分に感じさせる本作は、構図こそ暗い背景に人物を浮かび上がらせるレオナルド・ダ・ヴィンチ的なアプローチで描かれているが、そこに表現されたのは授乳という極めて生物的な題材が描かれている。これは厳粛で精神的なつながりを重要視していた、ルネサンス期までの古典的な聖母子像の発想から、より人間味に溢れる、自然的な母と子供を主題に聖母子像を描く発想への移行を示している。特に幼いイエスが天使の持つ果物籠に手を伸ばす仕草は、後の救世主としての神々しさより、純真な子供らしさを感じさせ、作品をより愛情豊かなものとしている。

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かごの聖母 (Madonna della cesta) 1525-1526年頃
34×25cm | Oil on panel | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

厳格で貞淑な聖母子像というより、どこか、のどかで穏やかな母と子の印象が強い、コレッジョらしい作品『かごの聖母』。主題は聖母マリアと幼子イエスが大地に腰を下ろした謙譲の聖母子像に、傍らで聖母マリアの歳の離れた夫聖ヨセフを配する典型的な聖家族の構図であるが、画面左端の籠の中に入る裁縫道具を始め、聖母マリアの軽やかな服装や穏やかに笑みを浮かべる表情、幼子イエスの子供らしい無邪気な仕草などは、同年代の典型的な平民を思わせ、画面後方では聖母マリアの夫、聖ヨセフが作業をおこなっており、より一層、その印象を強くしている。それは聖母子像という極めて古典的で神々しい主題を、マニエリスムの画家コレッジョが、類稀な独自性と、芸術に対する真摯な姿勢の賜物にほかならない。レオナルド・ダ・ヴィンチの作品より学んだスフマート(ぼかし技法)を用いて描かれた聖母マリアの輪郭線は、やや深緑の背景と溶け合い、見事な一体感を表している。また母親(聖母マリア)に抱かれ、無邪気に手足を動かす愛らしい幼子イエスの姿も印象的であり、その後方では歳の離れた聖母マリアの夫、聖ヨセフが作業をおこなっており、より見る者に近い存在感を示している。

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聖セバスティアヌスの聖母 1525-1526年頃
(Madonna del san Sebastiano)
265×161cm | Oil on panel | ドレスデン国立絵画館

エミリア派の画家コレッジョが手がけた代表的な祭壇画のひとつ『聖セバスティアヌスの聖母』。縦長の画面に、天上の威光に包まれ光臨する聖母マリアと幼子イエスの姿を、うねるように配された躍動に溢れる諸聖人らによって支える、ヴェネツィア派と、マリエリスムの特徴をよく示した本作は、モデナのサン・セバスティアーノ聖堂信者会のために制作された。雲の上から、踊るような天使たちに囲まれ降臨する聖母子の姿は、コレッジョの特徴をよく表しており、レオナルド・ダ・ヴィンチラファエロにも通じる豊かな表情をしている。また、それとは対照的に画面下部に配される聖セバスティアヌス、モデナの守護聖人・聖ゲミニアヌス、聖ロクスの三人の緊張感と運動性は、深い陰影によって、より強調するなど、画家としての高い成熟度を示している。

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聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス
(Nozze mistiche di santa Caterina, con san Sebastiano)
1526-1527年頃
105×102cm | Oil on panel | ルーヴル美術館(パリ)

前景と背景で2つの物語が進行する、名作『聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス』。ヴァザーリの記述によれば、画家の友人で、モデナに住んでいたフランチェスコ・グリッレンツォーニが依頼し制作したとされる本作は、4世紀の聖女カタリナの婚姻的体験を描く≪聖カタリナの神秘の結婚≫を描いた作品であるが、その背景では聖セバスティアヌスが、その身に矢を受ける有名な場面≪聖セバスティアヌスの殉教≫が描かれるなど、主題が2つ存在している。これは、コレッジョが物語的意図を明確に示した初の作品とされている。幼子イエスと聖カタリナの婚姻を、静かに見つめる聖母マリアの姿の、暖かな光に包まれることによって輝きを放つ聖母の聖性と母性の表現は、コレッジョ作品の大きな見所のひとつである。また現カポディモンテ国立美術館が所蔵する、1518年頃に描かれた≪聖カタリナの神秘の結婚≫に比べ、本作は色彩が柔らか味を増し、この婚姻体験を、より豊かに表現している。

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聖母被昇天(パルマ大聖堂天井画) 1526-1530年
(Assunzione della Vergine)
1093×1155cm | フレスコ | パルマ大聖堂

巨匠コレッジョの画業活動における、ひとつの到達点を示す傑作『聖母被昇天』。1526から1530年にかけてパルマ大聖堂の丸天井の壁画として描かれた本作は聖母マリアの死から3日後に魂と肉体が天上へと昇天してゆく場面≪聖母被昇天≫を主題に描かれたもので、大胆な短縮法を用いて描写された昇天を導く父なる神の一位である主イエスや聖母マリアを始めとする人物と、渦を巻くように空間構成を成す雲が、極めてダイナミックな運動性と躍動感を示している。本作が描かれた当時はルターによる宗教改革の真っ只中で、この類稀な表現は理解されなかったものの、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノは本作を絶賛し、バロック古典主義的天井画の創始者アンニーバレ・カラッチに多大なる影響を与えた。本作は丸天井中央部分に描かれる≪聖母被昇天≫と、聖ベルナルドゥス、聖トマス、洗礼者聖ヨハネ、聖イリラウスの4聖人のペンデンティブ部分から構成され、そのどれもがコレッジョの高度な画力と現実離れした創造力が示されており、極めて洗練された表現力と発想力によって見る者をも天上へと導くかのような感覚を与え、圧倒している。また細部においても聖母マリアや奏楽の天使、エヴァの表現に昇天への熱狂を感じさせる感情表現が、本作をより感動深いものへと導いている。本作によって画家コレッジョはルネサンス期からバロック期へ、その表現手法において決定的な役割を果たした。

関連:『聖母被昇天』各部名称

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キューピッドの教育 (Educazione di Amore) 1528年頃
155×91.5cm | 油彩・画布 | ロンドン・ナショナル・ギャラリー

コレッジョの甘美なる官能性が最も良く示される代表的な神話画のひとつ『キューピッドの教育』。本作は対画である『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』と共にマントヴァ公フェデリーコ・ゴンザーカがコレッジョに依頼した最初の作品で、美の女神ヴィーナスとギリシア神話のヘルメスと同一視され、英語表記ではマーキュリーとされている商業神メルクリウスが、愛の伝道者キューピッドに愛の言葉と意味を教えるという内容が描かれている。愛を教育するメルクリウスと、愛らしいキューピッドの感情豊かな人物描写も特筆すべき点であるが、本作で最も魅惑と神秘に満ちた部分は、美の女神ヴィーナスの表現であり、古典的要素を踏まえながらも鬱蒼とした森の中に立つ美の女神ヴィーナスの輝く肌と丸みを帯びる豊かな肉体は、それまでにコレッジョが表現してきた自然美と肉体美の融合が、ひとつの頂点に達したことを示している。なお制作年代については異論も多い。

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眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス(アンティオペの眠り) (Venus et l'Amour decouverts par un satyre)
1528年頃 | 188×125.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館

コレッジョの甘美なる官能性が最も良く示される代表的な神話画のひとつ『眠れるヴィーナスとキューピッド、サテュロス』。長い間、『ユピテルとアンティオペ』、『アンティオペの眠り』などと誤訳で呼称されいたが、マントヴァのゴンザーガ家の財産目録の記述によって確かな題名が判明した本作は、酒神バッコスの従者である森の精サテュロス(に扮したユピテルともされる)が、深い森の中で眠る美の女神ヴィーナスとキューピッドを覗き見る場面を描いたもので、対画である『キューピッドの教育』と共にマントヴァ公フェデリーコ・ゴンザーカがコレッジョに依頼した最初の作品でもある。美の女神ヴィーナスは全く警戒心を感じない極めて無垢で甘美な表情を浮かべ、成熟したヴィーナスの裸体は官能的な躍動感を示している。これは後に描かれる画家の最高傑作となる連作『ユピテルの愛の物語』にも通じる、反伝統的かつ画家独自の幻想的な世界観をに存分に発展させたものである。また制作年代については異論も多い。

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聖母子と聖ヒエロニムス, マグダラのマリア(昼)
(Modonna col Bombino e san Gerolamo e santa Maddalena (Giorno))
1527-28年
205×141cm | Oil on panel | Galleria Nazionale, Parma

エミリア派の巨匠コレッジョの代表作『聖母子と聖ヒエロニムス, マグダラのマリア』。イル・ジョルノ(昼)とも呼ばれる本作は、地面、もしくは床に座り謙譲の意を表す、祭壇画の典型主題≪聖家族 -謙譲の聖母子-≫の聖母子像に、キリスト教の聖人で、ラテン教会 四教父のひとり聖ヒエロニムスが共に描かれたのが大きな特徴。パルマにあるサントニオ聖堂の家族祭壇画のために1523年プリセイデ・コッラより発注され描かれた。また本作は翌年制作された『羊飼いの礼拝』の対画と推定されている。本作の大胆な構図や類稀な感覚による彩色の配置など注目すべき点は多々あるが、特に人物の甘美性は特筆に値する。聖母マリアの母性や品格、聖性を感じさせる表現はもとより、娼婦であったが、その悔いを改め、キリストの足に香油を塗ったとされる1世紀キリスト教の聖女マグダラのマリアの恍惚に満ちた表情や聖母の右隣に配された生誕を祝福するために地上へ降り立ち、聖なる書物の中身をキリストに見せる神の使者天使の端整な描写は画家の全作品の中でも白眉の出来栄えである。

関連:対画 羊飼いの礼拝≪ラ・ノッテ(夜)≫

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羊飼いの礼拝≪ラ・ノッテ(夜)≫
(Adorazione del pastori (La Notte)) 1529-1530年
256.5×188cm | 油彩・板 | ドレスデン国立絵画館

マニエリスム期におけるエミリア派の大画家コレッジョが制作した祭壇画の代表作『羊飼いの礼拝(夜)』。本作は『聖母子と聖ヒエロニムス, マグダラのマリア(昼)』の対画と推定されており、その場面描写からラ・ノッテ(夜)とも呼ばれる本作の主題は、大天使からベツレヘムの厩(うまや)に神の子イエスが生誕したことを告げられ、同地へ向かった羊飼いが幼子イエスと聖母マリアを発見した場面で、教訓は「神は常に正しい。神を崇め、賛美なさい」とされる≪羊飼いの礼拝≫である。絵画史上で夜景を描写した最も初期の作品であると位置付けられている本作で生まれたばかりの幼子イエスをやさしく抱きしめる聖母マリアは、ルネサンス以降、本主題として描かれる場合、画家たちが特に重要視した聖母の美性や母性が、画家特有の甘美な表現と共に示されており、その輝きを帯びた圧倒的な存在感は観る者を眼を強く惹きつける。また大天使からベツレヘムの厩へ向かうよう告げられた羊飼いらは、(大天使の話が)半信半疑であったのだろう、驚きの表現と仕草を見せている。幼子イエスが降誕したベツレヘムはヨルダン西部、エルサレムの南にある町で、キリスト教の聖地とされる。また第二代イスラエル王国ダビデも生誕地と伝えられることから、本地はダビデの町とも呼ばれている。なお本作は長い間、劣悪な状態で置かれていた為、保存状態は極めて悪い。

関連:対画 聖母子と聖ヒエロニムス, マグダラのマリア(昼)

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スープ皿の聖母 (Madonna della scodella) 1530年
218×137cm | 油彩・板 | パルマ国立美術館

エミリア派の巨匠コレッジョを代表する宗教画作品のひとつ『スープ皿の聖母』。1524年頃にパルマのサン・セポルクロ聖堂の為に依頼され手がけられた本作の主題は、ユダヤの王ヘロデが神の子イエスの降誕を知り、ベツレヘムに生まれる新生児の全てを殺害するために放った兵士から逃れるため、エジプトへと逃避した聖母マリアと幼子イエス、マリアの夫の聖ヨセフを描いた≪エジプトへの逃避途上の休息≫で、本作の名称ともなったスープ皿を用いて水をすくい上げる仕草は、新約聖書外典≪偽マタイ福音書≫中の「エジプトへの逃避」に関する記述に基づいている。本作に示される聖母マリアと幼子イエスの甘美で官能性豊かな表情と、登場人物全体で構成されるダイナミックな構図はコレッジョの様式を代表するものであり、マニエリスムの典型的な様式とは異なった、独自の前バロック的な表現手法として高い評価を受けている。

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聖ゲオルギウスの聖母
(Madonna del san Giorgio)1531-32年
285×190cm | Oil on panel | Gemaldegalerie, Dresden

古くから描かれる聖母子の典型的な構図、玉座の聖母子にて制作された祭壇画、マニエリスムの画家コレッジョ作『聖ゲオルギウスの聖母』。主題は作品からわかるように青いヴェールとマントを纏い、赤の衣を身につけた聖母マリアとキリスト、聖人たちを画面に配する≪聖家族≫で、モデナにあるサン・ピエトロ・マルティーレ聖堂のために制作された。集まる聖人たちの方を静かに向き、彼らの話す言葉に耳を傾ける、玉座に収まる聖母子は画面の中央で安らぎと慈愛に満ちた笑みを浮かべている。また都市生活から離れ、神の審判が迫ることを説き、人々に悔い改めの証として洗礼を施した。キリストもヨルダン川でその洗礼を受けたとされる若い青年の姿をした洗礼者ヨハネやヴェローナ出身のドミニコ会修道士で、異端者の弾劾し、貴族から財産を没収したことで恨みを買い暗殺された殉教者ペトルス(左)と、甲冑で身を堅め、異教の有翼竜を退治したと伝えられる伝説上の人物、聖騎士ゲオルギウスの端整で甘美な顔立ちや仕草も注目すべき点のひとつである。

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ダナエ(ユピテルの愛の物語) (Danae (Amori di Giove))
1531年頃 | 161×193cm | 油彩・画布 | ボルゲーゼ美術館

コレッジョの最高傑作と名高い神話画連作≪ユピテルの愛の物語≫の中のひとつ『ダナエ』。皇帝カール5世がボローニャでの戴冠式に献上するために、マントヴァ公フェデリーコ・ゴンザーカがコレッジョに依頼した連作のひとつである本作は、ギリシア神話の登場人物で、アルゴス王アクリシオスの娘ダナエと、ダナエに恋をし、黄金の雨に姿を変え女王の下へ降り立ったユピテルを描いた≪オウィディウス『転生神話』≫を典拠とし、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノも、このダナエを題材に描いている。このコレッジョの作品はこれまでに培ってきた表現の高い融合を示し、画面の中で優雅な動きを見せる登場人物と、豪華な装飾、華麗で美しさが際立つ風景などが、完全な調和を見せる。流麗で官能的なダナエの姿であるが、決して下俗な表現ではなく、むしろ純粋的であり至上の美を感じさせる。またダナエの足下には有翼と無翼の小キューピッド達が矢を手に何かを書く仕草を見せるが、これは聖愛と俗愛を示すとされる(関連:ティツィアーノ聖愛と俗愛)。また本場面後、ユピテルはダナエと交わりによって、メドゥーサを退治し、その首を手にして帰る途中エチオピアに来て、海の怪物に人身御供にされていたアンドロメダを救って妻としたギリシャ神話の英雄ペルセウスを生んだ。

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レダ(ユピテルの愛の物語) 1531年頃
(Leda (Amori di Giove))
152×191cm | Oil on canvas | ベルリン国立美術館

コレッジョの最高傑作と名高い神話画連作≪ユピテルの愛の物語≫の中のひとつ『レダ』。皇帝カール5世がボローニャでの戴冠式に献上するために、マントヴァ公フェデリーコ・ゴンザーカがコレッジョに依頼した連作のひとつである本作は、スペイン国王フェリペ2世、神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世、オルレアン公フィリップ、プロシア王フリードリヒ大王など数々の権力者たちが手にしてきた経緯を持つ。本作の典拠はギリシア神話より≪レダ≫を用い、白鳥に姿を変えたユピテルと交わる甘美かつ優雅な一場面を描いているが、オルレアン公フィリップの息子で厳格な道徳者であったルイによって切断され、レダの頭部を破損しているが、後に画家コワペルが修復している。本作ではレダとユピテルによる愛の交わりが下劣な表現に陥ることなく、登場人物の動作、視線、肉体の質感などはエロティックな雰囲気を醸し出しながらも、愛の喜びと至上の美を謳っている。

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イオ(ユピテルの愛の物語) (Io (Amori di Giove))
1531年頃 | 163.5×74cm | Oil on canvas |
Kunsthistorisches Museum Wien (ウィーン美術史美術館)

コレッジョの最高傑作と名高い神話画連作≪ユピテルの愛の物語≫の中のひとつ『イオ』。主題、構成力、表現力、色彩の豊かさ、気品など、まさに画家としての頂点を示す作品。ローマ神話よりユピテルの妃ヘラの女神官で、初代アルゴス王イナコス河神とユナに仕える巫女メリアの娘としても解釈される≪イオ≫を題材とし、ユピテルの寵愛を一身に受けるイオの刺激的なエロティシズムを、類稀な構想と、老いて益々円熟味を増していったコレッジョの表現力によって、これまでに存在しない唯一無二の作品へと昇華させた。ヘラの目を欺くように鬱蒼とした黒い雲に姿を変えたユピテルが、イオの下を訪れ、抱擁とともに頬へと接吻するその動作や表情に、作品の前に立つ者全ては、情事の物語的な思想と、潜在的な官能性を呼び起こし、圧倒と快楽を覚えるのである。またそれは、この≪ユピテルの愛の物語≫と題された神話画連作を皇帝カール5世へ献上する為にコレッジョへ注文したマントヴァ公フェデリーコ・ゴンザーカや宮廷の文化が最も望んでいたことであり、本作『イオ』によって、完全に叶えられることとなった。

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ガニュメデス(ユピテルの愛の物語) 1531年頃
(Ganimede (Amori di Giove))
163.5×70.5cm | Oil on canvas | ウィーン美術史美術館

コレッジョの最高傑作と名高い神話画連作≪ユピテルの愛の物語≫の中のひとつ『ガニュメデス』。同連作『イオ』の対画的な作品である本作は、鷲に姿を変えたユピテルが、トロイア王国(現在のトルコ)の建国者トロスの息子で、絶世の美少年とされたガニュメデスを酒注ぎとして天へ誘い、天上へ飛び立つ場面をえがいたものであるが、寓意的には福音書記者ヨハネの予型として解釈されている。縦に長い構図を活かし、天上へと飛び立つユピテルと、それに掴まる美少年ガニュメデスの躍動感や衣服の揺らめきが、近代的水彩画をも彷彿とさせる情緒豊かな背景と鮮やかに重なり、絶妙な効果をもたらしている。また画面下方にはガニュメデスの愛犬が怯えながらも上空を見上げ、主人の姿を見つめている。この物語的背景から、ユピテルを父なる神、ガニュメデスをイエス、愛犬を福音書記者聖ヨハネ(又は信者)に見立て、ラファエロの遺作の主題としても知られる、教義キリストの変容とも解釈されている。

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美徳の寓意 (Allegoria del Virtù) 1532-1534年頃
141×86cm | テンペラ・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

マニエリスム期の大画家コレッジョによる最後の作品『美徳の寓意』。マントヴァを統治していた名家ゴンザーガ家に嫁ぎ、同地の芸術振興に多大な貢献をしたイザベラ・デステの書斎を飾るために『悪徳の寓意』と共に、対画として制作された本作に描かれるのは、本来は人間の価値を具現化したもので、キリスト教においては信徳、望徳、愛徳の三体神徳に、古代から継承される賢明、節制、剛毅、正義の四枢要徳を加えた≪美徳≫の寓意で、本作では擬人化された三人の女性によって表現されている。優雅で洗練されながらも大胆に構成された画面の中に高い運動性、明瞭で豊かな色彩、三人の女性や天使らに示される甘美な表情などコレッジョ独自の様式が如何なく発揮されている。特に輝きと清潔感に満ちた明るい色彩の表現は、≪美徳≫という本作の主題を見事に表しており、画家の遺作となった本作の最も注目すべき点のひとつである。なお≪美徳≫を扱うの寓意画は絵画の祖とも呼ばれているゴシック絵画最大の巨匠ジョットヴェネツィア派の巨人ティツィアーノを始め、古くから幾多の画家が描いてきた主題であり、キリスト教美術において≪美徳≫を構成する7つの要素、すなわち≪信徳、望徳、愛徳、賢明、節制、剛毅、正義≫は必ずしも全て描かれる訳ではなく、時代、状況、用途、趣向によって解釈や表現は様々である。

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悪徳の寓意 (Allegoria del Vizio) 1532-1533年頃
141×86cm | テンペラ・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

マニエリスム期の大画家コレッジョによる最後の作品『悪徳の寓意』。マントヴァを統治していた名家ゴンザーガ家に嫁ぎ、同地の芸術振興に多大な貢献をしたイザベラ・デステの書斎を飾るために『美徳の寓意』と共に、対画として制作された本作に描かれるのは、時代や置かれる社会によって解釈が異なる部分はあるものの、中世以降の欧州社会で主に不信仰や不誠実、裏切り、強欲、欺瞞、怠惰、虚偽、快楽、偽善、嫉妬、傲慢などキリスト教社会において規範から外れた行為や嗜好を指す≪悪徳≫の寓意で、本作では音楽(快楽)で誘惑する男や、邪悪を象徴する蛇で詰寄る女の姿などに擬人化され表現されている。本作における最も特徴的な魅力は、画家特有の甘美性や官能性が顕著に示された≪悪徳≫の表現そのものであり、人間は善より悪に惹かれやすい性質であるが故に、描かれた当初から『悪徳の寓意』は『美徳の寓意』より高い評価を得ている。また画面最下部で観者を悪戯な瞳で挑発的に見つめる幼児の姿も、本作をより印象的な作品にする大きな要因となっている。なお≪悪徳≫を扱うの寓意画は≪美徳≫同様、古くから幾多の画家が描いてきた主題であり、初期ネーデルランド絵画ではヒエロニムス・ボスピーテル・ブリューゲルなどが特異で幻想性の高い世界の中や現実の民衆生活の中に表現している。

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